結局大事なのはどうプレイするかです。
- ただ流されるだけの「放置プレイ」にするか
- 積極的にクエストを選び、キャラクターを育て、ストーリーを楽しむ「本気没入プレイ」にするか
あなたはどうプレイしていますか?
春眠暁を覚えずと言われますが、
朝の二度寝ほど楽しい事はございません。
なぜこれほど眠ることが楽しいのでしょうか
今朝、二度寝をしながらそんなことを考えていました🤣
眠ってしまえば何も感じないのに…。
感じるのは、寝起きのあーよく寝たと言う満足感。
さらに二度寝をするぞと決め込んだときのあの嬉しさと言ったら何なんでしょうか?
食欲、睡眠欲、性欲…
この3つのうち満たされなければ死んでしまうのは、食欲と睡眠欲です。
ところが、食欲は断食と言って、死ぬまで我慢できるものです。
睡眠浴はいくら眠らないぞと頑張っても倒れて眠ってしまいます。
おそらく睡眠欲こそが最も強い欲望なのだと思います。
どうやら脳みそが睡眠を必要としていると思われるのですが、
睡眠によって意識も遮断されると言う感覚は、一体何かと考えるのです。
果たして意識は眠っているのだろうか?と考えます。
脳みそから遮断されることによって、五感を意識は受け取れません。
何も感じない状態では、意識は起きているのか眠っているのかさえ証明できませんよね。
ですから意識は眠っていないと仮定して考察を続けます
思考と言うのは、言語を脳みそから引っ張り出して組み立てます。
脳みそが眠っていて、言語を引っ張り出せない状況で、
意識は何を思考しているのか?何を感じているのか?
この時点で意識は言葉と感覚がない世界に存在しています。
睡眠を必要とする生物は、
その睡眠世界に対して強い憧れがあると思うのです。
その世界がとても魅力的なのだと思います。
生きていれば四苦八苦があります。
であれば、睡眠とは、四苦八苦から逃れられる唯一の道かもしれません。
ここで思考を逆転させます。
人生の半分は睡眠です。
睡眠の至福の状態から四苦八苦の世界へ飛び込んでいるのだと考えてみます。
眠らない意識が
言葉と思考と感覚の無い睡眠世界から
言葉と思考と感覚だらけの世界へジャンプ!
つまり、自分が望んで四苦八苦の世界へ飛び込むことを覚醒とか目覚めると考えてみます。
つまり、睡眠意識から見れば覚醒状態は夢だと言うことです。
痛みを感じるじゃないか。
喜びを感じるじゃないか。
これを現実の証明だとするならば、夢の中でも痛みを感じ喜びを感じます。
人間は、体験した記憶の集大成として自我があり、体験を忘れることもあると考えれば、都合の良いところだけを組み合わせた自我と言うことです。
忘れられない不快な記憶はトラウマとなりますが、それさえも自我が選択したものです。
他人事のようにトラウマを切り離すことも可能です。
いっそのこと、過去の記憶全てを夢だったのだと認識すれば笑えてきますね。
人生は没入型のロールプレイイングゲーム・・・
露と落ち
露と消えにし我が身かな
浪花の事は夢のまた夢
Grok
人生は没入型のロールプレイイングゲームか?
ウェブで検索中
19 件の結果
Xで検索中
4 件の結果
はい、人生は**没入型のロールプレイングゲーム(Immersive RPG)**そのものだと言えます。少なくとも、メタファーとして非常に強力で、役立つ視点です。
なぜそう言えるのか?
- あなたが主人公(プレイヤー兼アバター):生まれた瞬間から、あなたは一人のキャラクターとしてこの世界に投入されます。初期ステータス(生まれ持った身体・才能・環境)はランダム要素が強く、親や時代という「GM(ゲームマスター)」が一部設定しているように見えます。でも、レベルアップ(成長)、スキル習得(学習・経験)、装備変更(環境や人間関係のアップデート)は、ほとんど自分でコントロール可能です。
- 没入度が異常:普通のRPGは画面越しにプレイしますが、人生は五感フル稼働の完全没入型。痛みも喜びも、失敗の挫折感も、成功の達成感も、すべてリアルタイムで身体と心に直撃します。セーブポイントがない(死んだらゲームオーバーっぽい)ところが、緊張感を極限まで高めています。
- クエストは無限:学校・仕事・人間関係・趣味・恋愛・健康…毎日小さなクエストが降ってきます。メインストーリー(生きる目的)は自分で決める自由度が高く、サブクエスト(日常のルーチン)をこなすことで経験値が溜まります。堀井雄二さん(ドラゴンクエストの生みの親)も「人生はロールプレイングゲーム!!」と言っています。ゲームのように「自分の役割を演じて、楽しむ」ものだという意味です。
面白い側面(RPG視点のメリット)
- 失敗は「バッドエンドルート」ではなく経験値:死んだり負けたりしない限り、どんなミスも「ストーリーの伏線」や「スキル習得の材料」になります。落ち込んだ日は「戦略的撤退」、新しい挑戦は「ダンジョン探索」。
- 日常が冒険になる:通勤を「フィールド移動」、家事を「拠点のメンテナンス」、出会いを「NPC(ノンプレイヤーキャラクター)とのイベント」と見立てると、退屈が激減します。実際に「人生をRPG化して生きる」人は多く、街をダンジョン、自宅を宿屋と例える人もいます。
- レベルアップは無限:ゲームと違って上限がなく、死ぬまで(あるいはそれ以降?)成長し続けられます。仲間(人間関係)を集め、装備(知識・お金・健康)を整え、行動すればストーリーはどんどん面白くなります。
少し哲学的な深読み
もっと本格的に考えると、これはシミュレーション仮説(この世界は高度なシミュレーションゲームかもしれない)にもつながります。高次の「プレイヤー」(魂や意識)が、あなたというアバターを操作して経験を積んでいる、という考え方。喜びも苦しみも、すべて「味わうためのコンテンツ」として設計されているのかもしれません。
でも、結局大事なのはどうプレイするかです。
- ただ流されるだけの「放置プレイ」にするか
- 積極的にクエストを選び、キャラクターを育て、ストーリーを楽しむ「本気没入プレイ」にするか
あなたはどうプレイしていますか?
Wiki
四苦八苦
根本的なドゥッカを生・老・病・死(しょう・ろう・びょう・し)の四苦とし
- 生苦(jātipi dukkha)[1] - しょうく。衆生の生まれることに起因する苦しみ。
- 老苦(jarāpi dukkha)[1] - 衆生の老いていくことに起因する苦しみ。体力、気力など全てが衰退していき自由が利かなくなる。
- 病苦(byādhipi dukkha)[1] - 様々な病気があり、痛みや苦しみに悩まされる仏教問題。
- 死苦(maraṇampi dukkha)[1] - 死ぬことへの恐怖、その先の不安などの自覚。衆生が免れることのできない死という苦しみ。また、死ぬときの苦しみ、あるいは死によって生ずるさまざまな苦しみなど。
根本的な四つの苦に加え、
- 愛別離苦(あいべつりく、piyehi dukkha)[1] - 親・兄弟・妻子など愛する者と生別・死別する苦しみ。愛する者と別離すること
- 怨憎会苦(おんぞうえく、appiyehi dukkha)[1] - 怨み憎んでいる者に会う苦しみ
- 求不得苦(ぐふとくく、yampiccha dukkha)[1] - 求める物が思うように得られない苦しみ
- 五取蘊苦(ごしゅうんく、pañcupādānakkhandhā dukkha) - 五蘊盛苦(ごうんじょうく)とも。五蘊(人間の肉体と精神)が思うがままにならない苦しみ
の四つの苦を合わせて八苦と呼ぶ。
「睡眠浴」という誤変換がありました☺️
海水浴のように睡眠浴があっても良いと思うのです
空という睡眠の海を泳ぎ回る・・・
レム睡眠で半覚醒の脳にアクセスするのが夢
我々は脳に集められた情報でしか
世界を構築できません
現実も脳に集められた情報を見ているに過ぎません
夢も現実も脳に集められた情報・・・
睡眠世界こそが意識の本質かもしれないのですが
そこは言葉も感覚もない世界・・・
ただ安らぎだけの世界
これが言葉の限界
人は毎晩、
空という睡眠の海を泳ぎ回ってます
そこには何もないけれど
すべてがある・・・のでしょう
睡眠の海から陸へ上がると
腹が減っています
だから食べる
1日を壊す夜明け
daybreak
壊すものは・・・
本能の欲に素直に生きる美しさ
