完全版 第一巻
第三章 百済王子の来日
631年、一人の少年が来た
翌週も晋作と飯を食った。今日は蕎麦屋だ。
俺が法務局まわりを終えて店に入ると、晋作はもうカウンターの端に座って冷や奴を箸でつついていた。俺の顔を見るなり「来た来た」という顔をする。続きを話したくて仕方なかったのだろう。
俺も正直、続きが気になっていた。「あの男」——百済王子・豊璋。先週から頭の片隅に居座っている名前だ。
【タケ】 で、その豊璋ってのはいつ来たんだ。
【晋作】 631年だ。日本書紀にこう書いてある。
晋作はいつものノートブックを取り出して画面を見せた。
「百済の王の義慈は、王子の豊璋を献上して人質としました」
(日本書紀 舒明天皇三年)
【タケ】 人質として来たのか。
【晋作】 そう書いてある。問題はその時の年齢だよ。義慈王の即位が641年だから、631年当時、義慈はまだ王じゃない。
【タケ】 王じゃないのに息子を人質に出したのか?
【晋作】 しかも豊璋は当時おそらく六歳前後だったと思われる。
六歳。
俺は蕎麦を一口すすりながら、その数字を頭の中で転がした。六歳の子供を外国に送り出す。「人質」という言葉は知っているが、六歳で人質というのはどういう感覚なのか。
【タケ】 六歳で人質か。かわいそうに。
【晋作】 ところがそうじゃなかったかもしれない。
「人質」という名の長期計画
晋作は猪口を両手で包んで、少し身を乗り出した。こいつがこの姿勢になる時は、核心に差し掛かっている。
【晋作】 当時の「人質」は、現代のイメージとちょっと違うんだ。友好国の有力者の子弟が相手国に滞在して、両国の絆を深める——そういう意味合いもあった。豊璋は飛鳥の宮廷で、日本の皇族の子供たちと一緒に育てられたと思われる。
皇族の子供たちと一緒にだ!
晋作が睨みつけて来やがった……かわいい……
【タケ】 同じ飯を食って、同じ言葉を話して。
【晋作】 そうだよ。日本の歴史も、神話も、文化も、帝王学も骨の髄まで叩き込まれた。
俺はそこで初めて、何かが引っかかった。
【タケ】 ……ちょっと待ってくれ。六歳で来て、乙巳の変が645年だろ。
【晋作】 そうだ。14年後だ。
【タケ】 14年間、飛鳥の宮廷で育てられた。日本語も話せる。日本の作法も分かる。皇族の顔ぶれも全部知っている。
【晋作】 周りから見れば「大王家の皇子」と見分けがつかないくらいにね。
俺は箸を置いた。
【タケ】 ……最初から、そのつもりだったのか。
晋作は何も言わず、ただ静かにうなずいた。
蕎麦屋の中が、急にひどく静かになった気がした。
642年——もう一人の渡来人
豊璋が来日して11年後の642年。
また日本書紀に、こんな記述が登場する。
「翹岐(ぎょうき)とその母や妹の女性4人、内佐平(役職名)の岐味(きみ)と、高名な人間が四十数人が島に放たれました」
【タケ】 今度は誰だ。
【晋作】 翹岐は百済の王子。そして一緒に来た「岐味」——こいつの説明が凄い。日本書紀がこう書いている。
晋作はまた画面を俺に向けた。
「よく分からないほど悪賢いこの上もない人物」
俺は思わず吹き出しそうになった。
【タケ】 「よく分からないほど悪賢い」って……日本書紀ってそんな書き方するのか。
【晋作】 するんだよ。それだけこの人物が強烈な印象を残したってことだ。しかも「内佐平」という役職名がついている。百済の内大臣クラスだ。
【タケ】 大臣が四十数人の精鋭を連れてやって来た。
【晋作】 「翹岐」が表の王子なら、この「岐味」が真の参謀だよ。そして俺はこの岐味こそが、後に「中臣鎌足」として歴史に登場する人物ではないかと考えている。
俺はしばらく頭の中で名前を並べた。
豊璋=中大兄皇子。岐味=中臣鎌足。
どちらも「百済から来た人間」だというのが、晋作の仮説だ。
日羅の予言——50年前に警告されていた
【タケ】 でもよ、蘇我入鹿は気づかなかったのか。宮廷の真ん中に百済人が育っているのに。
【晋作】 そこなんだよ。実は50年前に、ちゃんと警告した人間がいた。
晋作は「日羅(にちら)」という人物の話を始めた。
583年——敏達天皇の時代。百済から来日した日羅という人物が、天皇に向かってこう警告したという。
「百済は新たに国を作ろうと思えば、必ず、まず女人・小子を船に乗せて来るでしょう」
【タケ】 その日羅はどうなった?
【晋作】 難波で百済人に暗殺された。
一瞬、蕎麦屋の喧騒が遠のいた。
【タケ】 ……本当のことを言ったから、殺されたのか。
【晋作】 そうだろう。そして50年後——日羅の予言通りのことが起きた。
【タケ】 翹岐の母と妹の女性4人。翹岐は「小子(子供)」だ。
【晋作】 「まず女人・小子を船に乗せて来る」——一言一句、その通りだろう。
俺は冷や奴に箸を伸ばしかけて、止めた。
食欲が、少し失せていた。
計画のシナリオ
晋作は静かに整理し始めた。
631年 豊璋(6歳前後)、来日。飛鳥の宮廷で育てられ始める
642年 翹岐・岐味・精鋭四十数人が来日。入鹿に歓待される
644年 中臣鎌子、突如として歴史に登場。軽皇子の信頼を得る
645年6月 乙巳の変、実行
俺は年表を眺めた。
631年から645年まで——14年間。
【タケ】 14年かけて準備した、ということか。
【晋作】 場合によっては、631年に豊璋を送り出した時点で、既に計画があったかもしれない。
【タケ】 六歳の子供を……14年間かけて育て上げて……国を乗っ取る計画。
俺はそう言いながら、自分の言葉の重さに少し眩暈がした。
「六歳の子供を使った14年計画」——荒唐無稽に聞こえる。しかし、この年表は全部「日本書紀に書いてある」ことの積み重ねだ。晋作が作った話ではない。
【オシャレ】 …ねえ。それって、入鹿はなぜ気づかなかったの?
オシャレが口を挟んだ。今日も来ていた。蕎麦を上品にすすりながら、ずっと聞いていたらしい。
【晋作】 それが一番大事な問いだよ、オシャレ。入鹿は優秀だった。「道に落ちているものも取らない」という治安を作った男が、気づかないはずがない。おそらく——気づいていた。
【タケ】 気づいていて、それでも受け入れたのか。
【晋作】 入鹿は「和の精神」で動いていた。縄文から続く「全ての者を平等に受け入れる」という思想だ。百済系の人間も、渡来人も、分け隔てなく扱おうとした。それが——最大の弱点になった。
俺は少し間を置いてから言った。
【タケ】 善意が、弱点になった。
【晋作】 そうだよ。
誰が騙して、誰が騙されたのか
蕎麦を食い終わって、三人でしばらく黙っていた。
店内の喧騒だけが流れていく。
俺は頭の中でもう一度、登場人物を並べてみた。
豊璋——6歳で来日して、14年間を「日本の皇子」として育てられた少年。彼にとって飛鳥は故郷だったかもしれない。百済の王子として送り込まれながら、日本の宮廷で笑い、学び、成長した。彼は「騙す側」だったのか、それとも「使われた側」だったのか。
岐味——「よく分からないほど悪賢い」と書かれた参謀。642年に来日して、3年で宮廷の中枢に食い込んだ男。
蘇我入鹿——「道に落ちているものも取らない」という完璧な治安を作りながら、宮廷の真ん中で突然剣を向けられた男。「騙された側」であることは間違いない。しかしその「善意」が、彼を無防備にした。
そして——日本の民衆。1300年間、「悪の蘇我氏を倒した英雄・中大兄皇子」という物語を信じ続けた人々。
【タケ】 ……整理させてくれ。教科書で俺たちが習ってきたのは、「悪い蘇我氏を正義の中大兄が倒した」話だ。でも実際は、「本物の大王家・蘇我氏を、百済から来た豊璋と岐味が計画的に滅ぼした」ということか。
【晋作】 そうだよ。
【タケ】 つまり俺たちは1300年間、騙す側を「英雄」と呼び、騙された側を「悪人」と呼んできた。
【晋作】 正確に言えばそうなる。
俺はテーブルの上の割り箸の袋を、無意識にくるくると丸めていた。
【タケ】 じゃあ「大化改新」ってのは……
【晋作】 国家の乗っ取りに、後からつけた美しい名前だよ。
オシャレが静かに言った。
【オシャレ】 …なんか、頭がぐるぐるする。
俺も同じだった。
「大化改新」という言葉が、頭の中で少しずつ別のものに見えてきている。中大兄皇子と中臣鎌足が「英雄」に見えなくなってきている。蘇我入鹿が「悪人」に見えなくなってきている。
しかしこれは晋作が作った話ではない。全部「日本書紀に書いてある」ことだ。
——ということは。
【タケ】 「日本書紀」そのものが、乗っ取りの証拠書類だったのか。
晋作は静かに笑った。
【晋作】 やっとそこまで来たな、タケちゃん。
俺は割り箸の袋をテーブルに置いた。くるくると丸まって、元に戻らない。
外はもう夕暮れになっていた。
悪行を隠すために書かれたもっともらしい文章に、読み手によっては真実が浮かび上がる文章がこっそりと光を放っている……でなければこの文章は消されていたはずだ……
── 続く ──