私は2024年の2月から日記を毎日書いているのですが、その中でも厳選された(気持ち悪さの)過去の日記を掲載します。以下本文↓
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 〇〇××さん(小・中同級生で片思いをしていた相手)と会ってお話しする夢を見た。

 なんの話をしたのかは覚えていないが人生最良の夢だと思った。4時半ころその夢から覚めて、多幸感と続きが見たいと言う気持ちが襲ってきてもう一度寝たのだが、果たして彼女は現れなかった。彼女は〇〇大の医学部に行ったらしいから今ごろは研修医でもやっていてもう完全に大人の女性なのだろうが、俺の前には中学生時代のまま出てきてくれた。俺が恋慕していた小中学生のころは一切出てきてくれなかったのにまさか今になって、とたいへん嬉しかったし、最後に会ってもう15年はたっているのに忘れずにいる脳ってすげえなと思った。姿形は当時のまま可愛らしく、あのちょっと特徴的な声もそのままだった。再会することは一生無いのだろうがもう一度会いたい人である。私が「好きな人に素直に好きと言えばよかった」と後悔しているときに常に思い浮かべているのはこの人である。この夢の中での再会が正夢になってくれることを祈る。
 ちょっと調べたら〇〇病院で××科の非常勤医をしているらしい。△△(地元)に帰ったのかと思ったらなんと東京都内の〇〇病院であった。小さく写真も載っていたが目元などに面影があって、また白衣を着て立派になっておられて懐かしさで目の奥がすこし熱くなった。〇〇姓でいたのでまだ独身なのかな?意外と近くに住んでいることが判明したのでもしかしたら会えるかもしれない。ストーカーのようで自分自身が怖いのだが、まあ名前で検索かけて再会を願うくらいは許してほしい。病院に押しかけたりはしないからさ。

 今日は雲ひとつなく晴れているのでどこかへ出かけようと思った。9時に起きて洗濯機をまわして、その間に買い出しに行って朝ごはんを食べて干してもう家事はおしまい。でもこの日記を書いたりタバコを吸ったりしていたら11時を回っていた。結局12時前に出発した。お出かけには少し遅い時刻だけど久しぶりにすっきりと晴れたからまあいいやとヒゲを剃って珍しくコンタクトをつけてジーパンを履いて外に出た。するとなぜかすぐに陰鬱な感情が浮かんできた。身体も足取りも重くなって、予定では西荻窪のBREWBOOKS(書店)に行こうと思っていたのだが、どうしてか足が向かない。喫煙所をクソ外人が占拠していたり(この時期は国際色豊かな?シェアハウスに住んでいました)歩道を走る自転車とぶつかりそうになったり嫌なことが少し続いたのもあって、バス通りの交差点に着いた頃にはバスに乗る気力が完全に失せてしまっていた。少し散歩しようかとか、本屋は本屋でもブックオフでお茶を濁すかと思ったりもしたが、それすらもう気力がなくて来た道をとぼとぼ引き返して薬局でデザートと胃薬を買って帰って来てしまった。なんでなんだろう。やっぱり夢に出て来たかつての憧れの子が現在は医師として輝いていてもう自分の手の届かないところにいるというのを知って、自身の暗黒さがより浮き彫りになってしまったからだと思う。医師である彼女と対等に話すには文芸の新人賞を取るくらいしかないというあまり現実的でない博打のような思いつきしかできない自分にも少し悲しくなる。でも今からA型作業所に行ってブラック企業で低賃金労働をしてっていう現実的なことをしていたら一生かかっても対等には話せない。医師と同じくらいの社会的地位を俺が得るにはやはり博打をせねばならぬと改めて思う。そのためには今の精神状態やニートという立場すらネタにしようという気概が求められる。まさしく「いつも心にネタ帳を」だね。

 19:24になった。今日はやっぱり抑うつ傾向が強い。また検索履歴が「人生 行き詰まった」とか「双極性障害 自殺」とかネガティブワードで埋まってしまった。人生で楽しかった時期とか自分の力で人生を切り拓いている感覚がある時期は自分の場合合計2年くらいしかない。俺の人生なんだったんだとか考えてます。

 いや、今日もキツい。昨日は調子が上向いて流れ的に今日もいけるかなって思ったんですが、また落ちてしまった。どうしたらいいのだろう。病気という悩みを解消するには、正しい服薬と適度な散歩と生活リズムくらいしかやれることがないから本当につらい。正しい服薬も生活リズムもちゃんとしてるのに良くならない。雨の日は散歩できないとなるともう打つ手がない。落ち込んだ人向けのサイトを見ても「これが続くようでしたら精神疾患の疑いが」とか「きちんと休まないと最悪うつ病になる危険性も」とか書かれてて「こっちはもうなってんだよ!10年も!死ねボケー!」って思いだ。この手のサイトで患者向けの嬉しい情報をもらった記憶がない。やはり見ない方がよさそうだ。

 ポテチを2袋食べながらブラタモリを見ていたら少し気が紛れた。今日は鹿児島の指宿だった。指宿には大学時代に開聞岳を見て砂蒸し風呂に入る目的で観光したことがある。しかしここは300万人も年間に観光客が来るとか言ってたけど駅前商店街が完全に死んでいた思い出が深い。あとここにはソープがあるんだよね。帰って来て知ったことだけどさ。指宿全体が大隅半島にまで続く巨大なカルデラの中にあり、その中でまた噴火が起こりカルデラやマールができたってのは知らなかったな。開聞岳すら巨大なカルデラの中の一火山に過ぎないとは恐れ入ったね。山川港はその内のマールのひとつだってんだから。やっぱり俺地理とか歴史とか好きだったんだな。それを応援してくれる人が1人でもいたら違ったんだろうけど、いなかったね。田舎ってのはこういうのが辛いよ。田舎のインテリは孤独だ。

 急に思い出したんだけど、高校生の時地理オリンピック(というものがあるのです……)でメダルを取って珍しく表彰されて壇上から降りて来た時ひとりだけ「〇〇(私の名前)すごいな!」って言ってくれた男性の先生がいたな。名前も思い出せないけどあれは嬉しかった記憶がある。ただ、うちの学年の先生ではなかった。自学年の先生でそれを応援してくれた先生はいなかった。みんな俺の出来の悪い教科ばかり指摘して、できる教科はロクに見向きもしてくれなかった。親にしろ先生にしろ出会いが悪かったね。本当にそれは自分の運の無さを嘆くよ。

 その後ネットニュースを見てたら、ブラタモリはなんと今日が最終回だったようだ。放送後にある次週予告が無かったからあれおかしいなとは思っていたのだが、やはりそうだったようだ。エンディングの最後の写真がタモリさんとアナウンサーの歩く足元を後ろから写したものだったから、なんとなくすこしさみしい雰囲気で終わるなとは思っていたが、こんな最後になるとは。でも最終回特番とかをせず自然と終わっていくのがタモリさんらしくていいのかなとも思った。なにより、毎回見ていたわけではないのに今日は偶然この時間にNHKに合わせていて最後を見届けられたのに感謝である。タモリ倶楽部、ブラタモリとどんどんタモリさんがテレビからいなくなってゆく。寂しいなあ。俺とほんとに趣味の合う方だったし佇まいもかっこいいのに。ちなみに私がW大学を選んだのは卒業生(中退生)に村上春樹や“タモリ”がいたからである。私の進路にも影響を与えたタモリさんありがとう。


 HunterというAVレーベルがある。私はその「ハカセとあだ名される僕の家にAVがあると知った同級生の女子がウチに見に来たいと言い始め……」というシリーズが大好きで、童貞期から卒業後までよくお世話になっていた。今日である。とあるアダルト動画サイトを見ていたらなんとそれがあったのだ。5年ぶりくらいの再会に私は懐かしさで胸がいっぱいになっていた。なにしろ何十回もみているからこれから体位をこう変えるとかこのあと女優が「ゴムある?」と言うとか一挙手一投足が分かるのだ。1人目の女優はお椀のようなきれいなおっぱいってことでちょっと話題になってこれからハねるかなと思ったけど本作が最初で最後の話題作になっちゃったねとかそんなことばかり考えていた。
 しかしこの作品、画質なんて今のハメ撮りなんて目じゃないくらい悪いしモザイクは濃いし正直今の中学生がもしこれを見たらすぐにタブを消すレベルだと思うのだが、当時はこれがよかったんだよ。やっぱりシチュエーションだよね。ほんと「ハカセ」に感情移入がしやすかった。ハカセはやぼったい色白で中肉中背のメガネ男なのだがなんというか制服が似合うのだ。こういうやついそうって。そんでもって演技も上手い。挿入のときわざと動揺して女優に「そこじゃないよ」とか言わせてる。まさにプロだ。童貞喪失ってこういうもんだよというドキュメンタリーを見させられているようだ。それに比べて今のFC2の単調な作品群はどうだい。目出し帽をかぶっててめえの顔は割れないようにしてのドライなセックス。無修正で中出しなんだからこんなもんでいいだろ的な殿様商売が透けて見えるね。対面座位なんて最近とんと見てねえぞ。やっぱり餅は餅屋でエロ動画はAVレーベルが作った方がいいんだ。でもそんなこと言っておきながらモザイクがある限りこのアマプロが目出し帽で撮ってるやつの方を俺は見ちゃうな。なんたって無修正中出しなんだから。そのくらいこの2つは要素として強い。やっぱり日本もモザイク無しOKにしようよ。よくわからない外国?にお金が流れるのなら日本の会社にお金が行くようにしようよ。
 
 話は戻るが、私の童貞喪失も大学の同級生の女の子と自室で飲んだくれてたらいつの間にか相手の顔が近づいてきてキスしてそのままベッドへという流れだった。でも童貞喪失ってほんとにいつ自分の身に降りかかるか分かんないんだよね。意外と「セックスしたいぞ!」と息巻いてるころは何もなくて、ちょっと油断しているとやってくるんだ。

「常識では考えられない出来事、アンビリバボー、あなたの身に起こるのは明日かもしれません」

 ほんとこんな感じよ。フジの「アンビリバボー」今は全然見てないけど、番組が終わる一番最後にビートたけしがこれ言って終わるんだよね。だから世の童貞諸君はその日を待ち続けなさい。俺だってなんとかなったんだから。でもなんかあの日思い出しちゃったな。ゼミ終わりで、その子と俺と奈良高校出身の男の子の3人でW大正門からちょっと脇行ったよくテナントが変わる居酒屋に行って、その後2軒目高円寺のたちばな行ってギョーザ食べてまた飲んで、ウチきて黒霧のパックとか買ってお互いぐでんぐてんになって夜2回と朝1回エッチしたな。「もっと突いて!」や「そんな体位できるの?」とか俺の素人童貞を見透かしたようなことを小悪魔っぽく言ってきたのを思い出すよ。でもよくコンドームがウチにあったもんだ。で、朝起きたらその子から「〇〇(私の名前)くん、私××△△(某有名人)のセフレなの」って爆弾発言があって私の口からすこし白い煙が上がってた。あのとききみは黒髪のロングに青いインナーカラーを入れていたね。それから俺はインナーを入れてる子が好きになった。気持ち悪い話だけどあれからけっこう長い間きみのインナーの青い髪の毛を、部屋に落としていったあの髪をビニール袋に入れて記念に持っていたんだ。〇〇××(相手の名前)だっけ?漢字は忘れちゃったけど元気してるかな。

 エッチした次の週くらいに千葉でゼミ合宿があって、彼女の運転で千葉まで行ったね。大井インターのあたりで後ろからパトカーが来て「うちの車だ!スピード違反だ!」とか肝を冷やしたのもいい思い出。結局他の車だった。そんで夜遅くになって到着して、次の日一緒にベランダでタバコ吸いながら俺はキミに告白をした「俺じゃダメか?」なんてね。俺なりに勇気を出したんだよ。でもキミの答えは「今は彼氏探してないんだ」だった。非常にさっぱりしてたね。でもこれが初めてだったんだよ、好きな人に好きとちゃんと言えたの。その後すこし気まずい帰りの車にのって帰ってきた。帰りは他のゼミ生もいた気がする。ほとんど会話はしなくて品川で降りるとき「ガソリン代、ありがとう」と言って数枚千円札を渡した記憶がある。彼女にはなんとなく不義理をしちゃって疎遠になった。LINEからもこないだ消してしまった。「痩せろ!病気を言い訳にすんな!」って発言覚えてるよ。あのときマジでダイエットしてたらもしかして付き合えていたのかもしれない。これも後の祭りだけど。あと、俺が就職が決まって(某大規模イベント)行くから泊めてよって言ってたね。コロナで中止になっちゃって結局そんな話も無くなっちゃった。△△(某大企業)に内定もらってた。強い女だったね。でもなぜかそこそこ気が合った。最初の方のゼミの後学部の掲示板の前の広場で「〇〇(私の名前)くんこれからどこ行くの?」って言われて俺は最寄駅もしくはちょっと離れた通りのブックオフに行きたかったから「あっちかこっち」って答えたのも覚えてる。俺の天然のアスペ性がこんなとこで爆裂したね。でも最初からすこしこいつおもしろいかもって思ってくれてたんだね。

 あ、ゼミの開始のときにする5分間スピーチで俺が「夏休み子ども科学電話相談」について話したらそれすごく良かったよって言ってくれた気がする。あれちょっと嬉しかったよ。たしか××高校出身だったね。俺ときどき(某スタジアム)に野球見に行くけど、スタジアムに近いその高校から放課後の生徒が飛び出してくると、〇〇(相手の名前)もこんな制服着てたんかなとか君のことを今でも思い出すよ。コロナで卒業式が無くなっちゃったのが残念だったね。最後卒業式でキミの隣に座りたかったよ。今日は朝と晩に2人の女の子のことを思い出した。朝は小中学生のときの憧れの子。夜は俺の童貞をあげた子。全く違っているようだけど、俺は今でもこの2人のことが好きだ。もうこの先彼女たちと出会うことはないかもしれない(たぶんない)けど、俺は遠くから2人の幸せを祈ってるよ。