高校の時までは
何となく嫌だな、くらいで
ほぼ自覚
してなかったから
たまに限界がきて
耐えられなくなると
投げ出したり、
やる気が皆無になったり
動きたくない
状態になった
でも、身体は元気だから
動きたくない
(心が動くことを拒否)に
罪悪感を抱いたり
そのあと色々あって
一人じゃ寂しい、虚しい
と感じていた自分に気付いたり
何でこんなに生きてて疲れるのか
と考えさせられるくらい
キャパ的に向き合わないと
やっていけないくらい
動きたくないのに
〜しなければ、とか
親としての役割に
流される日々が続いた
高校の時はそうは言っても
精神的に自立してる子がいたり
ある程度
自制心をもって行動してる
集団の集まりだったから
それでも耐えられた
けど、子どもはそうは
いかない
ゼロの状態で
生まれてきてるんだから
教えないと
そんなことはできない
それも1日、2日
いや、1年でも無理
下手したら10年以上は
教えたり見守らなければ
得られないもの
私は母に怒られてきたから
それを知るのにも時間が
掛かったし、
待ってもらう、という経験が
なかったので
この待つ、に慣れるまでも
とても大変だった
一人でも慣れるまで大変なのに
感受性の高い私は
家族や子どもの気持ち、感情に
引っ張られてしまい
慣れる前に
線引きする、さらにそれにも
慣らしていく
という工程が必要だった
子どもがお互いに同じ気持ちで
いてくれれば
良い意味でも、悪い意味でも
引っ張られてはしまうが
多少の線引きと気遣いで
何とかなるが
お互いに相反する気持ちで
喧嘩されてしまうと
両方の気持ちに引っ張られ、
余裕がなくなり
自分の気持ちの抑えすら
効かなくなる
今ではあまりなくなったけど
余程のことがない限りは
当人達に任せ
距離をとり、様子(自分含め)で
寄り添えそうなら
寄り添う
を心がけるようにしている
ここで大事なのは
できる限りでもいいから
自分も勘定にいれること
子どものことばかりで
気を取られ、
気づいたらキャパ超えて
爆発、なんてこともある
2次災害的な
で、親の方が強いんですよ
力にしても、頭にしても
何とかしようと
頑張りすぎたばかりに
余裕がなくなり
元の原因になった
子どもに矛先が向く
ない話ではない
色んな親がいると思う
けど、始めから
子どもにぶつけたい
と思う親は、
そう多くはないと思う
できれば楽しく、
時にはぶつかり合って
学びながら
育っていってほしい
よく自分を大事にできない人は
人からも大事にされない
とか
自分を愛せない人は
他の人も愛せない、とか
どちらも自分を蔑ろにして
余裕がなくなってるから
自分だけでも手一杯なのに
人のことまでどうこう
考えられるような余裕がない
からだと、私は思った
私が人といて疲れていたのは
人ばかりエネルギーを使って
自分を蔑ろにしていたから
集団というものは
本当に色々な人がいる
その中では
エネルギーを使う
気を遣う人は特に
合わない人がいれば
なおさら合わせないと
合うようにならないから
(線引きが難しいため)
疲れが酷くなる
だから前の私は、
子どものことで手一杯で
それに割けるエネルギーがなくて
(防衛本能が働いてたのかもしれない)
家族からは
何かあった時に話せる相手くらい
(ママ友)いないのか、と
子どもも親同士が仲良くないと
困る、言われた
確かにそれも一理ある、とは
思ってた
でも、そもそも人間不信で
子どものことで手一杯な私に
話し合える余裕なんてものは
ないに等しかったし、
人間不信なのに無理に
何とかしようとしたら
それこそ自分のトラウマを
促して、傷つける行為
だった、と思う
この時のことばかりは
辛かったけど、
余裕がなくて動けなくて
良かった、と思ってる
動けなかったことを
理由に、じゃないけど
結果として、
自分の気持ちを尊重できたから
人といるとしんどくなる人は
手っ取り早く
自分の声に従って動いたり
そうなれるために一人で
行動できたらいい、と思う
けど、学校とか、地域とか
の集団行動を経て
一人になるのが怖い、
人と違うのは不安、という人も
いると思う
無理に一人ならなくてもいい
少し離れるだけでもいい
その離れた時に
自分の素直な気持ちを
聞いてほしい
自分が悪くないのに
場を収めるために
耐えてしんどくなってしまったなら
離れなくてもいいから
少しずつ線引きを心がける
(責任を背負いすぎないために)
人に合わせるとつい、
自分もそうしてほしい‥と
(期待、見返り)
どうしても
どこかでは求めてしまう
それに応えてもらえないと
裏切られた、とか
私ばっかり、と思ってしまう
それを理解してくれる人なら
いいけど
理解してくれない、
めんどくさいから
お前が勝手にやったんだろ、
責任転嫁してくる人も
中にはいる
それをさらに合わせてたら
ただただしんどい
搾取されるだけの関係で
あげてる側は
擦り減っていくだけ
それを何とも思わない
自分が良ければ
相手がどうなろうが
関係ない人もいるのが
現実だ
だから擦り減って
疲れないために、
線引きや一人になる勇気も
必要になってくる
身体だけじゃない
心だって擦り減るし、
疲れたら休んでもいい
一人になるのも立派な
休む方法の1つだと私は思ってる
心が擦り減って
自分の人生すらも
どうでもよくなってしまう前に
少しでいいから
自分の方へ振り向いてほしい
これからも思い通りに
いかないことも沢山あると思うけど
心も休ませあげながら
生きていけると良いな