サニヤシンをもらった時は、三十歳の肉体の誕生日と同じ日だった。
それは、それまでの人生のお葬式と、新しい人生の誕生日と、ついでに三十歳という節目とが一緒くたに来たように感じた日で、さらには今から考えると数秘学でいうところの九年周期の一年目で、それからは疾風怒濤の自由という山の山登りをする九年間の始まりの年で、それ以降はパワーの山を登りきり(あ~大変だった)もはやハートの山登りの晩年の一年目。
ということは、あれから何年たったことか。
先月から今月も、神戸のグループでは、過去生をテーマにしているからそう思うのか、僕にとっては前述の理由で、サニヤシンになる以前のことといえば、まるで過去生よりもはるか昔のことのように思える。
サニヤシンになってからも、いろいろな節目はあった。あり過ぎて数え切れないけれど、僕としては、トランスミッター(プラス トゥースリレー)以前以後、元彼女との悲しい別れと最愛のパートナーのアバヤと出会ってからの以前と以後。いっしょにセドナの和尚アカデミーに行ってサイコロジー・オブ・ザ・ブッダを受けて目から鱗が落ちた以前と以後、さらにアカデミーでメタ・フィジカル・サージェリー(形而上的手術)を執刀されて、自分は探求者であるという自己同一化から距離が生まれた以前と以後、それから世間で普通の人たちを対象にワークショップを行うようになった以前と以後くらいを最近の節目の記憶として大切にしている。
しかし、その過程のなかですらおびただしい数の人と出会ってきた。
ので、例えば、僕がOSHOの専属歯医者さんのデヴァ・ギートとセラピストのスッダから、小部屋で面接を受けて、「すべてが変わってしまってもかまわないか?」という質問を受けて、OKという誓約書にサインして、当時はまだ十数人しか実験的に行われていなかったあごの辺りにカラーパンクチャーを当てて、歯に刻印されている動物時代からのネガティビティーを解放するというトゥースリレー・セッションを実験的に受けていて、週に一度、デヴァ・ギートにカラーパンクチャーを当てられると、とたんに鹿だったり狐だったり猿だったりしたときの恐怖や怒りやお腹のすいた感覚がからだじゅうをかけ巡り、いてもたってもいられなくなって朝と夕方、クンダリーニの前に二回もダイナミックをしながら、同時にスッダの個人セッションも毎週あり、その動物のときの記憶かもしれない否定的感情や感覚を、今現在の人間関係や問題にグランディングさせられて、ばっさり一刀両断されて、まったくフラフラに蒼白になって、青い顔をしてホワイトローブ前のスモーキングテンプルで座ってたときの僕に出会った人は、その時の僕を見て、なんて暗くて死にそうで、今にも地の底に落ちていきそうな気配を感じたことだろう。
そういえばサガプリアが時々、道ですれ違うと「大丈夫か?」と心配してくれていた。きっとわずかにあったレゾナンス(瞑想性)なんてふっとんで、ムチャクチャになって、混沌とした獣じみたエネルギーだったんだろう。
だからその時の僕に出会った人は、「ああ、VIJAYってあの今にも死にそうな人のことね。」という印象を持っているだろう。
最近は、ボーとしてしていて穏やかな人といわれることが多いのだが、これなんて、もっと昔の僕を知っている人からした180度違う印象だろう。「VIJAYってあのガーとした人ね」と思ってる人も多いだろう。(つづく)