ヒーローの名前は、《谷口 晋矢》と言います。
まだ、若いのですが、9月4日、癌のために旅立ちました。

心より、ご冥福をお祈りします。

ここで、彼を偲んでいきたいと思う。

私が、三重県競泳委員長に就任して確か…3年目に大阪国体でチームを編成したのが出会いだったかな。
 

三重県の水泳レベルが全国に届かず、全国で通用する選手を育成することをスローガンに、彼の指導者であった、古谷コーチが手塩にかけて育てた選手でした。
それから、中央大学に進学するまで、三重県の中心選手として活躍してくれました。

大学進学後も、シドニーオリンピックでも活躍し、我々のヒーローでした。

私は、コーチをしていて、彼らを観たとき、『すごい!』と教わりました。
それは、全国で優勝する選手、世界で通用する選手とは…
『強いだけの選手では勝てない!』ということでした。
つまり
『みんなから応援してもらえる選手が勝てる選手になる』ということです。
ここでの『みんな』とは、チームの枠を越えるということです。

谷口君と同世代で、名門、JSSスイミングで古谷コーチの下で育った、儀賀選手も同じで、
全国大会(国民体育大会)で決勝に残った時、三重県チームは20名ほどの編成で、応援が届くかと思った時に、他県の多くの選手が彼らを応援してくれました。
そして、その応援を力に、力泳をしてくれました。

チームの枠を越え、みんなから応援してもらえる選手でありました。
コーチとして、強さとともに、人間的魅力の必要性を教えられました。
 

谷口君を先頭に、多くの選手が育ち、現在は、三重県のコーチとして活躍している人も多くいます。
自分よりも若い者が、先に逝くことはとても辛く、悲しいことですが、彼との思い出は、長く我々の心に残ることでしょう。
彼は、その生命力を多くの場面で輝かせてきました。
短い人生だったけど、その輝きは、とても美しいものでした。
彼にかかわった者も、残されたご家族も彼の人生を誇りとしましょう。

本日、専門学校での『スポーツ社会学」という授業の中で、ちょうど、『社会に影響を与えた選手』というテーマでの発表会でした。
学生を差し置いて、私は、彼の紹介をしました。
今の学生にも彼の生き様は伝わったようです。
学生たちも、今を生きることの大切さを学んでくれました。

晋矢!
本当にありがとう!
頑張り屋の晋矢!
少し、ゆっくりと休んでください。

そして、ご家族を見守ってあげてください。

ありがとう。