このようなことをブログに書くのはどうかと思うが・・・
実は、私の母親の命のともしびが消えようとしています。
私は、中学3年生で水泳を行うために、親元を離れ、尾道高校水泳部の寮に入寮させてもらいました。
今、私の次女は、同じ中学3年生。
この段階で、よく私の旅立ちを送り出してくれた。
あの時、送り出してくれなければ・・・どんな人生を送っているか想像できません。
本当に、そこからは、いつも遠くから見守ってくれる存在。
私のやりたいことをやらせてもらい・・・本当に感謝である。
私が就職した時の尊敬する理事長がこんなことを言っていた。
『親のことは、尊敬する人というよりも、感謝する人にあげるべきである。』
今は、その言葉がよくわかる。
なかなか、実家に帰ることもなく、直接何かをしてあげることもできなかった。
よく、親孝行しに帰ってあげな…なんて人に言われたことがある。
帰省することは、確かにうれしい事であろう。
しかし、それが親孝行だとは思わない。
本当の親孝行とは、親が自慢できる息子になっていることだと私は思っている。
そして、そうしてきたつもりだ。
でも、いざ、この時を迎えるのかと思うと・・・
もっと、同じ時間を過ごしてあげればよかったかも・・・と思う。
私は、母が自慢できる息子として成長したのだろうか?
喜んでくれているのだろうか・・・
思い返せば、
高校最後のレースを見に来てくれて、その試合(愛知県選手権)で決勝に残れたこと。
高校三年のインターハイで団体優勝できたところを見せれたのが良かったかな・・・
結婚式では、多くの人が祝いに来てくれていたのを見せてやれたのも良かったかな・・・
元気な時に、三重のホテルに招待して、自分の家に来てもらったことも良かったかな・・・
今は、仕事を独立して、沢山の人に支えられてやっていること・・・
安心してくれているかな・・・
三重と広島では、やはり距離がある。
生きているものは、生きている務めを果たさねばならない。
親の死に目に立ち会うことができないかもしれない。
でも、本当に感謝している。
母の強さのおかげで、私の人生は充実している。
ありがたいことだ。
離れていても親が、いつも見守ってくれていたことに感謝をし、これからもずっと見守ってくれることの喜びを感じつつ母の残された時間を思い返しておきたい。
急な出来事ではなく、ガンに侵され、5年も頑張って生きてくれ、こんな思いをめぐらせ、覚悟を持たせてくれる時間をくれたことを感謝したい。
この夫婦は、商売をしていたので、24時間&365日いつも一緒にいた。
残される親父は、これから元気をなくしていくかもしれない。
これからは、毎日、一回は電話をして話をしようと思う。
お袋!
ありがとう!
出来れば、ひと段落つき、家に帰るまで頑張ってほしい・・・