水泳関係者のFacebookを観ていて、今日が『津田チャンピオンカップ』だったと知りました。

自分が、作り育て上げてきた大会を後進の人が引き継ぎ、さらに、盛り上げている。

そして、Facebookでも話題にされていることは、とてもうれしいことです。

人生の中で、自分が残せるものを作ってこれたということだけでも光栄です。


そのような歴史を誰が語り継ぎ、誰が記憶に残してくれるのか…それはわからない。


良く考えれば、自分もそうだったんですね。

これまでに、

当たり前のように参加していた大会。

当たり前のように通っていた学校。


当たり前のように出入りしていた会社。

他にもたくさんありますが、その当たり前にもはじまりがあり、誰かが大変な苦労をしながら立ち上げていたんですね。


今となっては、誰が、どのような思いでかかわっていたのかわかりませんが、


感謝の気持ちだけは、忘れないようにしたいですね。


今があるのは、先人達の積み重ねの上にあるということを…


そんなことで、ちょっと津田チャンピオンを作った思いだけでも残しておこう。

この大会は、中京大学の鶴峯先生・高橋先生のご理解とご協力で、スタートした大会です。

三重県は、まだまだ、全国に出ることがやっとのレベルが多く、全国優勝という想いはあっても現実的な意識の強化ができていませんでした。

なぜ、愛知や静岡、岐阜、さらいは東京や大阪は、あんなにレベルが高いのだろう。

そこで考えた仮説が、常に大会でトップレベルの人の泳ぎを観たり、一緒に出場する機会が圧倒的に少なすぎるということです。


であるならば、せっかくの三重県が全国に誇る鈴鹿スポーツガーデンのプールを利用して、三重県の選手に全国のトップで戦っている中京大学水泳部の選手の泳ぎを見せたいと思い、当時の鶴峯監督にお願いして協力していただきました。

また、せっかくであるならば、一人でも多くの選手にその姿を見せたいと思い、通常は参加制限タイムを設定するのですが、あえて、制限タイムをなくし、選手として初参加する人でも、日本代表選手と出会える場所にしたかったのです。


その狙いは、数年後に実現。


なんと、当時、大学生だった松田丈志選手が、オープン参加で出場いたいとの申し出があり、急きょ、レースへ組み込みました。
空いているコースは、1組目か2組目だったと思いますが、小学生と一緒の組みです。


そうなんです。

日本代表の松田選手と小学生が一緒に本気レースをしたのです。

あの瞬間は、私も夢のような気分でした。


子どもたちは、わかっていないと思うけど、当時の記録【ビデオ】を持っている人は、自慢できる出来事でしょうね。

その後も、鈴鹿のプールで初めての日本記録樹立もされ、三重県の選手たちに毎年、全国のトップクラスの泳ぎ、レース態度をを見せ、たくさんの交流の機会を作ることができました。


今も、その流れは続いているのだと思います。

大会に出向くことはなかなかできなくなりましたが、また、チャンスをみて観戦に行きたいですね。


この大会が、20年・30年…と続くことを祈っています。

頑張れ、三重県!