こんなことをブログで書いていいのか…

悩んだが、何を残したいと思い書くことにした。


昨日、訃報が届いた。

26年前、右も左もわからない三重県に移り住み、T学園に就職し、25歳でスイミングに配置替え。

26歳で支配人になり、完全に水泳会に復帰した。

その時に、自分のチームの育成をはじめ、全国大会にも出場する選手を育成することができるようになった。
そして、三重県内の大会での団体優勝を目指せるチームへと成長してきた。

何かを目指す時には、ライバルとなる良き目標が必要で、伝統ある四日市スイミングクラブとそのクラブの選手を指導していたA.Iコーチは、そのライバルのひとりであった。

私よりも若く、まだ44歳というのに、一昨日、心不全で亡くなった。
まだ、早すぎる。

一緒に合宿をしたり、国体でともに三重県を代表して闘ったり…
スイミングクラブ同士の対抗戦で四日市スイミングクラブを破って初優勝した時は、互いに強い握手をして次は『リベンジ』・・・すごく楽しかった。

彼は、本当に水泳を愛し、選手を愛し、クラブのみんなを愛していた。
駆け抜けた人生だったのだろう。

残された家族には悲しみでいっぱいだろうが、彼は誰にも真似のできない足跡をしっかりと残した。その足跡は、私の中にもしっかりと残っている。
三重県の水泳界にもしっかりと残ることだろう。

ありがとう。アツシ!お疲れ様!