おはようございます。![]()
福祉(さいわい)を弘めるカウンセラー伊原景子です。
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東京台東区根岸にある書道博物館に行ってきました。
現在は、台東区に寄贈され(平成7年12月)台東区立書道博物館です。元々は、洋画家であり書家でもあった中村不折が、その半生40年あまりにわたり独力で収集した中国及び日本の書道史を研究する上でも重要なコレクションを有する専門博物館です。
中国の殷の時代の甲骨に始まり、青銅器・玉器・鏡鑑・石経・仏像・墓誌・碑拓法帳・経巻文書・文房具(硯や墨)等の重要文化財や、重要美術品といった貴重な文化財が展示されております。
書道というと紙本墨書の類をイメージしていましたが、石碑に刻まれた文字・瓦に書かれた文字等、なかなか目にすることがないものばかりです。特に印象的だったのは、甲骨文といって、中国殷時代の後期の遺跡から出土した亀の腹甲、牛の肩甲骨に刻まれた占いの記録があります。これは現存する最古の漢字資料です。とても小さなものでしたがインパクト強く、感動致しました。
中村不折氏は、明治・大正・昭和にわたり、洋画界と書道界の両分野に足跡を残した人物といわれています。
洋画界では、フランスに渡り、ジャン=ポール・ローランスの指導のもと、人物画を学び帰国後は展覧会に出品する一方で、文部省美術展覧会で審査員を務め、帝国美術院会員に任命されるなど洋画界の活動はめざましいものと伝えられています。書道研究に傾倒したきっかけは、明治28年正岡子規と共に日清戦争従軍記者として中国へ赴いたことにあるとされています。
中村不折氏の揮毫のものとしては、「新宿中村屋」の看板文字、清酒「真澄」や「日本盛」のラベルなどがあります。
正岡子規をはじめとする明治の文豪とも親交があり、夏目漱石「吾輩は猫である」の押絵、伊藤佐千夫「野菊の墓」の装幀・押絵を手掛けています。
漢字は、今から3000年ほど前、中国の殷王朝で使われていた甲骨文字に由来しています。もともと文字は伝えたい内容を絵で表したもので、当時は亀の甲羅や牛の骨に書かれていました。絵から転じた文字は話ことばよりも先に伝達手段として浸透していきました。古代人によって考案された文字が、長い年月を経て徐々に進化し、最終的に五つの書体が確立されました。
篆書:中国各地で文字が使用されるようになった頃、その形は地域により様々でした。文字の統一のために秦の始皇帝が
「小篆」を制定。篆書を身近に確認できるのはパスポートの表紙「日本国旅券」の文字です。
隷書:秦の役人が業務効率を上げるために、篆書を書きやすくしたのが隷書。左右に波打つような運筆があるのが特徴。
お財布の中にある「日本銀行券」「壱万円」など紙幣にかかれている文字です。
草書:前漢~後漢の時代に速記を目的に発達したもの、読み書きするには専門知識が必要。
文字文化の伝来により、日本語の発話の「音」を一つ一つ漢字に当てたのが「万葉仮名」、それを草書で書きくずした
「草仮名」からひらがなが生まれました。
行書:楷書をくずしたように見えますが、楷書より古く後漢時代に隷書から派生したものです。
看板やのれんなど身近でみかけることが多いです。
楷書:三国時代に完成し、唐の時代に黄金期を迎えました。これんで1800年もの間標準書体として親しまれてきました。
すべての書体の基本となります。
フデ五と呼ばれる1949年(昭和24年)から1958年(昭和33年)にかけて発行された五円硬貨があります。
~トートタロット一言メッセージ~
今日のカードは「隠者」
キーワード:理性的・自分の時間・分析
☆彡思慮深く慎重な行動
