■熊日(20260501)に「元寇沈没船に墨書きの木板」という記事が登場しています。

 

 この記事でよくわからなかったのが、次の点です。

 

 その木板には、元の年号である「至元十二年」(もしくは十三年)という表記が明らかになったとして、西暦では1274年(第一次)の翌年に当たるということらしいのですが、これって変ですよね。

 

 沈没したのは、元寇のあった74年でしょうから、75年の表記では、翌年沈没したということになりませんか。

 

 記者は、この記事を書くにあたって、疑問は浮かばなかったのでしょうか。

 

■2024年が元寇750年ということで、宇城市(竹崎季長の出身地)でも、大々的にイベントが開催されたばかりで、その時も鷹島町だったか、松浦市だったかの公務員が来られて講演をされ、聞きに行ったばかりでした。

 

 今後の発見が期待されます。