「灯台下暗しにしない平和教育が重要だ!!」


「忘られぬあの日」(長崎新聞20230316)

■「私の被爆ノート」という副題があります。

 85歳の高齢男性の「雲の中に火の玉」という話が紹介されています。

 被爆当時は7歳だったそうです。爆心地から2.8㎞地点で被爆したということです。

 原爆投下後の様子が生々しく表現されています。曰く、

「昼間にもかかわらず、辺りは夕方のように薄暗かった。(中略)男の人が空を指さし『火の玉の落ちてきよる』と叫んでいた。見上げると、確かに、黒い雲の中に大きくて真っ赤な火の玉が見え、今にも落ちてきそうだった。
 のちにそれは、原子雲の下から見えた太陽だったのだと分かったが、あの時の『火の玉』の光景は今でも忘れられない。」

 長崎の町は、火の海だったそうで、この世の地獄ですよね。

 このような情報は、原爆投下前後のみならず、長崎新聞のように、常日頃から接しておく必要がありますよね。

 そうでないと、つい日常生活に追われて、ウクライナ侵略とかも忘れてしまっていきますよね。

 教育の重要性がありますよね。


■違うページには、こんな記事もあります。

「被爆樹木のモニュメント完成」

 小見出しにはこうあります。

「16年に枯死 城山小の『カラスザンショウ』」

 見出しで一目瞭然ですよね。

 このほど、モニュメントが完成し、披露されたというニュースです。

 被爆して70年以上もがんばったようなのですが、7年前に枯死したのだそうです。

 今、旧城山国民学校校舎は、昨年夏、安全性の確認ができずに非公開となっているのだそうです。