新聞の有り様・有り様は?

 

1)朝日新聞(20220728)「論壇時評」

 

■「知られぬ事象 拾う報道こそ」

という見出しで、大学教授が話をされています。

 安倍元総理が殺害された時、全国紙は1面見出しが同じだったと指摘されます。

つまり、こうです。

安倍元首相 撃たれ死亡

 教授はなぜ5紙ともに一緒なのかと疑問を呈されます。

 

■さらに、「特定の宗教団体」と表現して、団体名を明かしませんでした。

 私もここは同感でした。なぜ、明かさないのか、知っていただろうに!

 

 私はどうしたか、ネットで検索してみました。すると、今、話題になっている宗教団体名がわかりました。もちろん、この時点では、この真偽はわかりませんでした。

 

■大学教授は論破されます。

デジタル時代に期待される情報のスピードと、新聞社が培ってきた「紙の伝統」とがどんどん乖離してしまっていると感じる。

 この団体を巡っては、ずっと前から訴訟問題がたくさん起きていたようで、これまであまり紙面では取り上げられなかったと思います。

 なぜなのでしょうか。

 

■ここまできたら、与党と宗教団体の問題も解明していかないといけないのではないかと、思いますね。

 新聞にこれらのことができるかというのが問われているように感じますね。

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2)「ジャーナリズム本来の権力監視機能」(同新聞)

 

■大学教授は上の言葉を使って、「巻き返しを図ってほしい」と言われます。

 横並びの報道、そして話題になると集中砲火し、下火になると止める、政治や社会に対して、どうしてその問題や事件が起きたのかを、深掘り・検証していくことが重要というわけです。

 

3)朝日新聞(20220726)「耕論」

 

■「何のための習い事」

 習い事をなぜやるか、どうやるかという識者の意見が3つ紹介されています。

 

 1人は芸能人、2人は大学人です。

 

 1人の女性大学人は言われます。

習い事は共働き家庭にとって、子どもが安全に放課後を過ごせる居場所になっている面もある。本来は習い事をしなくても、無償や安価で利用できる良質な場所が確保されるべきで、・・・・

 この無償で提供してきたのが、部活動ですよね。熊本県だと、小学校まで部活動がありました。

 高学年の「放課後デー」的な役割があったと思います。

 

 普通日の放課後は部活動をやり、土日は練習試合や公式試合、そして、夜に会合や監督会議(抽選会)等々が行われてきました。

 こんなことをやってきたつけが今の「教員不足」を招いたのでないかと、私は思います。部活動が「好き」というなら、話は変わってきます。

 

 私の場合は、定年退職3年前まで担当してきました。

 

■さらには、部活動をやる教員とやらない教員の「不平等感」も出ていたと思います。給料や勤務内容は一緒なのですから。

 部活動を担当すると、クラスを2つ持っているのと同じになるのですよね。大変な日々を過ごしてきました、過酷でした。

 

■もう1人の男性大学人は、こう言われます。

日本の学校のクラブ活動も、本来はさまざまなスポーツや文化に無償に近い形で触れることができる仕組みだったはず。

 これがあっただけに、一部の人(教員)にしわ寄せがきたのだと思うのですよね。

 

■つまり、習い事の現場人の意見紹介も必要ではなかったでしょうか。人選が偏っていると思ったことでした。立場の違いを明確にすべきではなかったかと思います。

 これからも、多様な価値観を報道できる新聞であってほしいなーと思ったことでした。