■各紙 2021年10月23日(土) デジタル vs アナログ 

 

■今日は、デジタル関連が多かったですね。

 熊日の見出しはこうでした。

「わいわいカフェ」ーー「配備進むタブレット 長所、短所は」

「タブレット端末 どう使う?」(くまとも)

「子どもへの端末配布」ーー「負の側面 熟慮する時間を」

 

 朝日の見出しはこうです。

「生き抜くヒント 探してみる」ーー「政府・お金・教育 デジタル化の陰に」

「ひもとくSNS時代の文章指南」ーー「バズらせるための過酷な競争」

 

■それぞれの主張があって、楽しめました。

 ここからは、ほぼアナログで教壇に立った私の、教職歴からの意見です。ただ、インターネットは使ってきました。パソコンもプロジェクターも使ってきました。タブレットは、定年前の3年間のみでしたが。

 

 小学校には不要だと考えます。文字は書いて覚える、これがピラミッドの最底辺を支える基礎基本です。

 鉛筆を持って、アイデアを練り、文章を書き、図を描いて、結果を発表する!

 デジタルを導入すれば、これらの時間が当然、削減されます。高学年ならまだしも、低学年から利用したらどうなるでしょうか。

 鉛筆を持つ時間は半減し、手に持って考えるという習慣は半減し、画面に現れる、動画等々で、自分の思考能力はそれらから奪われてしまいます。ここはテレビと同じです。指示待ち人間と揶揄されたことも、過去にありました。

 

 一方で、健康面の不安も考えられます。視力を始め、体力です。体幹です。ゴール?は、依存症です。精神を病むというのも、今後、出てくるのではと考えてしまいますね。何事もすぐには現れません。時差があります。個人差があります。この5年後、10年後の検証が重要になってくるのではないでしょうか。

 

 辞書を引いて、言葉の観念や使用方法を自然と学びます。引く力が重要です。検索では身につかないと考えます。

 これらの機会をすべて奪ってしまいます。

 

■もちろん、コロナ禍においては、十二分に力を発揮しました。がしかし、これらはタブレットがなくても、方策はいくつか、あったはずです。親のスマホ(自分のスマホも多くの子がすでに持っています)やパソコンを借りる、靴箱にプリントを配布しておく、いろいろな手はあったでしょう。家庭訪問代わりに、教師がポストにプリントを入れる等々です。

 もちろん、それより何より、タブレットが便利だろうというのは目に見えています。

 しかし、実際ズーム授業では、出席確認とか、健康調査とか、よくても課題を出して終了、そんなこんなで終わった教室もあったのではないでしょうか。これは、巷の保護者であろう大人の会話から聞こえてきた声です。

 

■時代の流れというのは、感じますね。この流れは、致し方ないのかもしれません。タブレットがきっかけの自殺も起きました。どう考えればいいのでしょうか。実に悩ましい問題だと思われます。

 しばらくは、この問題が続くのでしょう。