猫とうどんとピアノ -8ページ目

猫とうどんとピアノ

音で遊ぶはすなわち楽し音楽なり

3 Gratitudes
Day.21


毎日3つずつ、ありがたいなぁと
思えることを
記事に書いてきました。

おかげさまで、
最初の目標であった

到達しました。






このチャレンジの目的は、

習慣化

でした。





私は、自分でいつも思っていました。


いまも思うのだけど。
私には、が足りないんです。



突然ですが


くるみ割り人形に出てくる
ピルリパート姫のお父様である王様は

大切な晩餐会で、
大好きなソーセージを
一口食べた途端、


悲しみに暮れ、意識喪失してしまう。

息も絶え絶えに
ようやく口にした言葉は


『あ ぶ ら み が た り な い』


これを受けて、ソーセージを作った
お妃様は、ショックのあまり失神してしまいます。


ま、ここで、原作者のホフマンは、
愛を脂身にたとえていたと思われます。








ちょっと、


いま、笑った?


笑ったでしょ。



脂身が愛って、おい。
って



本気ですよ。


あぶらみは、愛の比喩表現だと
フィアカちゃんは本気で解釈しています。



脂身は、お妃さまの優しさゆえに
ネズミの一家に与えてしまったわけです。


それは『愛』です。



そして、王様は、許さなかった。
自分に愛を与えられなかったと解釈したからです。

そして。。。


ネズミに復讐をした



あぶらみを、愛と例えると、
すべて辻褄が合うのです。

いえいえ、ほんとに
冗談ではありません。


このことが発端で、
ピルリパート姫はネズミの魔法で呪いにかけられ
大変なお姿に変貌してしまう。

そして、解決役として
ドロッセルマイヤーの登場となる。

彼はニュールンベルグの時計職人。

くるみ割り人形の主人公マリー(あるいはクララ)に
くるみ割り人形をプレゼントするおじさまです。

同一人物であるかどうかは、隠していますが。


そして、
そのくるみ割り人形は、呪いにかけられた
ドロッセルマイヤーの甥っ子なのです。


なぜ?

呪いはピルリパート姫にかけられたんじゃ?


ピルリパート姫には、愛が足りなかった。

甥っ子ドロッセルマイヤーの働きで
美しい姿に戻れたにもかかわらず

ちょっとしたミスで、姫の代わりに呪いにかかり
大変な姿に変貌してしまった
その美しき青年を、

『姫は、こんな姿の子、いや

といって、捨ててしまう。


そして、心優しき、愛の女神マリーに
運命は託されるってわけ。

どうでしょう?


テーマはやはり
『愛』です。

ちょっと、カエル王子にも似ているww



数日前の記事で、唯一感謝できないことを
書きましたが、この数日で気付きました。


私に愛が満ちれば感謝できるだろう。


自分で足りないと
自覚していたのです。


私の脂身を食べてしまったネズミがいる。
私は、そのネズミを処刑せず、なおさら
脂身を与えれば良いのです。

そうすれば、呪いはなかった。
愛は、いくらでもあったのだ。


けれど、また同時に思いませんか?
あなたも気付きました?


もし、呪いがなければ、
マリーとくるみ割り人形は出会いませんでした。

愛を深く知るために、
悲しみや憎しみがあるんじゃないかしら。


人生とは、
愛にまつわる、色んな出来事が絡み合って
一つのストーリーを紡ぎだすのだ。




喜びという
愛に

1st Gratitude


悲しみという
愛に
2nd Gratitude


赦しという
愛に
3rd Gratitude



私にも、愛はあるぞ~~。

素直に生きよう。

愛にそっぽを向けるのをやめよう。


やった
チャレンジ達成で~~~す!


支えてくれたお友達に心からの感謝を!

読んでくださった皆さんに心からの感謝を!


ここでは、ほとんど取り上げられなかったけど、
本当にたくさんの人に、助けられて生きてると
実感することができました。


ありがとうございます



そして、これからも
どうぞ、よろしくお願いします












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フィアカちゃん