vidamora


スーザン・シャラポワ 著


Q・・・

エルミナにとって輪廻転生とは何を意味するのでしょうか?

(2010/10/06)


エルミナ・・・

一般的な輪廻転生は肉体の生成をつかさどる物質エネルギーが、

肉体の寿命と共にオーブという格納庫に収納されて次の誕生の

時を待つシステムを言うのである。ただこの際の生まれ変わりの

対象物は肉体のみである。

 なぜならば物質エネルギーによって生かされてきた肉体には

99.9%魂が入っていないからである。人間の感知する思考言動

ほとんど脳から湧き起こる波動によって構築されている。それを

魂が存在するゆえであると誤解しているだけである。

 魂(生命エネルギー)はオーラスという格納庫に収納されている。

のオーラスはオーブのように制約はない。過去、現在、未来、

各層、各次元、各識の間を自在に移動することが出来るのである。

そして自分の意志で次に生れ出る場所を決めることが出来るのだ。

 しかしオーブはそういう訳にはいかない。一定の条件で満たさな

ければならない。その条件とは地上から発するサイクルが自分の

オーブが発するサイクルと合致した場合は、それがどのような物体

あれ従わねばならないということである。

例えば今回が人間であっても、次の自分を呼ぶサイクルが

カンガルーであったら来世の一生はカンガルーの肉体で生活

するのだ。(動物、植物に生まれ変わった場合はいくつかの

輪廻転生をくり返して犬と猫に達した時、次は人間に生まれ出る)

それがオーブに収納されたものの約束事である。すなわちこれが

エルミナの認識する輪廻転生というものだ。

 魂は二つのエネルギー波動で出来ている。一つは智慧と慈愛と

創造のエネルギーで出来ている魂によって人間に価値をもたらす

エネルギー。二つ目はその人間が一生のうち成すべき使命の

エネルギーである。ただこの二つ目はエルミナの波動に接する

ことで動出すので、出会わなければそのままである。

この価値と使命の二つの力によって創られている魂はエルミナに

よって保存されている。歴史を観るにキリスト、ブッダ、

アレキサンダー、猿田彦、泰の始皇帝、西太后、卑弥呼、

瀬織律姫、かぐや姫、アインシュタイン、モーツァルト、ベートベン

などポピュラーな人物をはじめ政治、経済、文化、芸術の各分野

には、一人の人間の業(わざ)にしてはとうてい考えられないと思

える成し得た業績を見ることが出来る。

その力が実はこの魂の中にある二つの力が実現可能にしている

ことが解るであろう。

例えば泰の始皇帝の成し得た業績は、その後の現在に至る

までの中国の在り方に多大な影響を与えていると言われている。

一人の人間の持つエネルギーではとうてい不可能な業である。

しかしもう一つの魂がそれを可能にしたのである。

 「使命」の力である。この使命のエネルギーにはいくつかの

特徴がある。「無から有を生み出す力」(猿田彦、キリスト、

ブッダなど)「あらゆる方向を向いた意志を一つの共通した価値

へと導く力。」(泰の始皇帝、アレキサンダー、卑弥呼など)「破壊

されるべき運命にあるものをくい止め再生し、新たな道すじを指し

示す力。」(かぐや姫、ガンジーなど)この三つの力をすべて持って

いる使命のエネルギーはない。それぞれに秘められ与えられた

力を見極めてゆくことでその力は目覚め、価値ある創造を高めて

ゆくことが出来るのである。

 それでは自分の中に魂があるのかどうか、そしてあるとして

その中秘められたいずれかの使命の力をどのように見出して

ゆけばよいのか?と問うのであろう。

エルミナのメッセージを認識し、活用することで魂は組み込まれる

のである。そしてエルミナの降ろすメッセージは生命エネルギー

波動を見えるように形にしたものである。なぜならばエルミナの

エネルギーは、数あるエネルギーの中で唯一人間の中に入れる

エネルギーなのだ。この言葉を読むことでその気を通って人間の

中に入る。入った瞬間に言葉から元のエルミナ波動に戻る。

その波動は人間を価値ある生命体に変えてゆくのである。

その時、魂の中の二つの力が活動を開始する。

一つは人間を高め、もう一つ与えられた使命の力が開放される

のである。そして価値ある使命を果たしてゆくのであり、エルミナ

によって組み込まれた魂には必ず三つのうちのいずれかの使命

の力が秘されている。その力に目覚めることをエルミナは待って

いるのだ。目覚めた者は宇宙創生し、地球の安定、人類の価値

ある繁栄を成し遂げる力を得ることになるのである。