劇場版 鬼滅の刃
第1章 猗窩座再来の
映画を、やっと観て参りました。
たくさんの皆様がレビュー
されていますので、
今更、私がレビューする
までもありませんが、
映像美が圧巻でしたし、
面白かったので、
観て良かったです。
しかし…
鬼滅の刃。漫画が流行り
出した頃に初めてその
存在を知り、漫画を全巻
買って読んだことが
ありますが、
漫画では、何度も泣きました。
鬼も柱も鬼殺隊の子どもたちも
みんな、涙なしでは語れない
ような悲しい生い立ちであったり
過去を背負って生きて
いますよね。
この物語では。
漫画ではあんなに泣いたのに、
今回、映画ではその涙した
シーンを大画面で観ることと
なったのに、
なぜか、全く泣くことが
出来ませんでした。
これ…
映画の出来ではないと
思うんですよね…
漫画を読んだのは何年も前。
そして、このところ、
一気に心の老いが加速して
しまっているといいますか、
急速に自分の中の
感受性というか、柔らかい
部分が枯渇してきていると
感じる私。
私なんぞが芸術家に例える
のは恐縮ですが、
芸術家でも若い時は次々、
挑戦的な心揺さぶる作品が
創作出来ていたものが、
以降、歳をとって焼き直しの
ような作品しか生み出せなく
なってしまったり、
何かが枯渇してしまう方って
いらっしゃいますよね。
まして、一般人な私。
鬼滅の刃を読んで涙で
先に進めなかったあの時から
早、幾年(いくとせ)…
もはや感受性の炎が燃えて
尽きてしまっているの
やもしれません。
映画自体はとにかく
良かったです!
しかしながら、そんな、
自分の老いを感じながら
劇場を後にしてきたの
でした…。