ホーキング氏が、お亡くなりになりました。
もう30年前でしょうか、ホーキング理論は日本でもブームになりました。
NHKもスペシャルで何度も特集番組を組んでいました。
小学生の時に天文学に興味を持ち始めていた私はこんな作品を愛読していました。
最近になって、手に入るうちにと購入しなおしました。
高校では数学研究会と英会話同好会に所属していました。
最も惹かれたのは宇宙の神秘でしたので、理系志望の進学校生が力を入れる物理と化学以外に地学を熱心に勉強しました。
高校三年生の時の大学入試模試で西日本総合35位、地学科目で1位でした、要は満点を取れば全員トップになるという訳です。
理系と文系、どちらに進むか悩んだ結果、大学なんてどうでも良いんでは無いか、と思い始めました。
結果、現在のセンター試験にあたる共通一次試験の英語科目は自己採点満点だったと思います。
大学なんて親を納得させるために国立を出ておけば何処でも良い、って思い在学中から個人ビジネスを始めました、卒業に必要な単位は三年生までにほとんど取得して卒論は四年生の7月には最終原稿が出来上がっていました。
私が大好きな映画「インターステラー」で、重力方程式を解明出来た時の雄叫びは爽快でした↓
卒業時に学部の教授の皆さんに言われました、「○○君、最も優秀な学生として期待していたのにこの卒論の手抜きぶりは何かね?我々が卒業を認めざるを得ない事を見越して企んだとしか思えないのだよ?」
私は、退官を迎え体調不良を理由にほとんど大学には出てこない学部長の教授先生にあえて卒論担当教授になってもらえるよう依頼したのでした。
一方、他の学生は熱心に指導してもらえる教授を選んでいました、そうでしょう、いつ大学に出てくるかわからない教授に自分の卒論を任せられないと普通は思います。
結果、私は卒論担当教授と面会したのは担当になって欲しいと依頼する時と卒論発表時の2回だけで、卒論提出は大学事務局で終了しました。
「何があっても退官を迎える学部長の担当学生を卒業させ無い訳には行かない」
これが私の大学三年生時の意図でした。
笑えるのは、1番卒論に手抜きをした私だけが就職で上級合格し、他の教授門下の学生は全滅した事でした。
最近、思う事ですが、
「明日やろうと思っている事で、明後日でも特に差し支えない場合、もし今日出来ても急いでやらない方が良い。」
慌てて今日やっても明日にはもっと良い方法が頭に浮かんだり、状況が変わったり。
時が未来へ進むと、誰が決めたのか?
ホーキング氏に哀悼を捧げます!











