vice-rack アメーバブログ

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思い当たったことをかきつづっています★

 
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いやー。
あめば、かなり久しぶりです。

で、早速プライベートネタw


昨日はひさしぶりにスノボを満喫した感じ?

バスツアーも平日はもう最後。
そして・・・シーズンオフということもあり。
あいているスキー場もかぎられ・・・
スキー場 はかなりすいていましたさねwww

スキー場 はもちろん・・・軽井沢プリンスホテルスキー場 。

もう、パークもなくなり・・・
リフトも全部はうごいていませんでしたけど。

がっつりすべれました!

いつも、バスツアーのばあいは
時間におわれ、ゆったりと滑れないイメージ。

さすがに近場ということもあり、
時間はラストのぎりぎりまで滑れるかんじ。
たのしみました!

いろいろとやらかしましたけどね。

まずはスキー場 について・・・即効w
着替え終わって、ロッカーに荷物つめて。
さぁ、すべりに行こうとして・・・忘れ物!

一番わすれてはいけないものwww

リフト券引換券Σ(=°ω°=;ノ)ノ

えぇ。
泣く泣くロッカー代もう一回はらいましたよw

つづいて・・・お昼にw
板を立てかけ、鍵でロックして、さあごはん・・・

「それ鍵ごともっていけるよ?」

ロックした場所は、もれなくロックできていないスノボ立て掛け用の棒w
いわれてあわてて、かけなおしましたw

そして・・・
ご飯をたべ、お昼ねして。
戻ってきてみると。

かけなおした鍵のロック・・・
(@Д@;

暗証番号そのままw
ロックの意味なしwww
わらうしかできませんでしたw

あとはなにしたっけなw

もうおぼえてないかも・・・
思い出したら追記しますwww
ジンギスカン鍋 。
ジンギスカン(ジンギスカン鍋)=とは羊の焼肉料理というイメージで、初めて食べたのは小学生の修学旅行でした。その当時は、味もよくわからず、でもたかいらしい・・・羊の肉らしい・・・。
というあやふやなまま食事。。
次に食したのは中学生の修学旅行・・・。どうやら東北方面への修学旅行がかさなってしまったからということもあり、再び食す。。
その後、機会もなく次に食べたのはつい最近。。
一ヶ月まえくらいに、四谷でジンギスカン(ジンギスカン鍋)としゃれ込み。。
昔は高価な食べ物というイメージが非常に強かったのだが、最近は流行もあり非常に安価でおいしくいただきましたよ!!!。
。
ジンギスカン(ジンギスカン鍋 )は、用する鍋の形がジンギスカン(ジンギスハーン)率いるモンゴル軍兵士の兜に似ているところから、『ジンギスカン(ジンギスカン鍋)』と名付けられました。つまり、鍋は中央が盛り上がっている鉄板のことをさしているのだ。どうしても鍋がつくと羊の肉を使用した煮込み系の鍋と思いがち。。
でも、実際には通常のジンギスカン=ジンギスカン鍋ということについ最近気づいた私である。ジンギスカン鍋の作り方や食べ方にはコツがいるのでしっかり調べてから食べに行ったほうがいいかもね!?!?!?
ウエディングパーティー は女性の憧れ。
ウエディングパーティーといえば六月というイメージもつき物。
なんといっても、ウエディングに関することは女性は永遠に夢を見る。
それはウエディングパーティーだけでなく、通常のパーティーにも言えることである。
なんにせよ、私もかなりいい年になってきた。最近は、仲の良かった同級生も徐々に結婚し始めてきている。もちろん、ウエディングパーティーに呼ばれることも多くなってきた今日この頃なのだ。
ウエディングパーティーでは、女性はお色直し的な部分も含まれているので何回かドレスを変えてみたり、ビンゴを行っていたりする。
また、このウエディングパーティーに出席する側もどちらかというとスーツよりもドレス的なものを着ていくことが多く、非常に華やかなイメージがあるのだ。

ウエディングパーティー 。
あと3年の内にしたいことの一つだ。出来るかどうかは不明だけれど、ウエディングパーティーはいつか必ずやりたい。
そう、心に誓って日々をすごしている私であった。
父の日。
父の日の由来は、アメリカのワシントン州に住むジョン・ブルース・ドット婦人が提唱したことからはじまっているとか。ドット婦人の父ウィリアム・ジャクソン・スマートは妻に先立たれた中、ドット婦人ら6人の兄弟を男手一つで育てあげた。そんな父に育てられた彼女は「母の日」の存在を知り、父に感謝する日も必要であると、当時1909年6月19日(第三日曜日)に「父の日」の制定を提唱したといわれている。
この後、「父の日」の行事は各地へ広まり、1916年にはアメリカ全土で行われるようになった。アメリカで正式に「父の日」が祝日となったのは、1972年とかなりおそくなってからである。
ちなみに、日本の「父の日」は、1950年頃から広まり始めて一般的な行事となったのは1980年代というからやはりアメリカでも日本でもほぼ最近の話のようだ。

この父の日に健在している父には赤いバラ、亡くなった父には白いバラとなった由来は、ドット夫人が父親の墓前にバラを供えた為らしい。
日本では、ファーザーズ・デー委員会という団体の父の日黄色いリボンキャンペーンが、幸福や希望の象徴である「黄色」を「父の日」のイメージカラーとし、その年話題になった「父」にイエローリボン賞を贈っている。しかし、現在も花は特定されていないため、一般では「黄色いバラ」や「白いバラ」、子の愛という花言葉をもつ「ユリ」などが贈られているらしい。

そして・・・私は父の日というと、父の身の回りのもの。例えば財布とか、キーケースとか、コインケースとか、ネクタイピンとかを買ってあげている気がします。
おいしい米 って・・・。
おいしい米は炊きたても炊いて一日経ってしまってもおいしい米なのだ。
でも、家でごちそう・・・といってもご飯のおかずだが、そんなごちそうを購入した時はやっぱりおいしい米と一緒に食べたいと思ってしまう。
この間、友人が九州博多からおいしいおいしい明太子を買ってきてくれたので、暫く自宅で炊いていなかったご飯をしっかり炊いて明太子を贅沢にご飯一杯に一本で食べて見た!!!
やはりおいしい米で炊いたご飯と明太子はよく合います。
あとは、おいしい米で一緒に食べたいのはお茶漬けやお漬物。
おいしい米がそのあわせて食べる食品を引き立ててくれるのだ!!!

おいしい米 といってもやっぱり料理によってあう米は違う。
ピラフやチャーハンに合うおいしい米とリゾットやお茶漬けなどに合うおいしい米も違う。その時にあうおいしい米を見極めて、一日3回の食事時、おいしく食事をしたいものだ。
母の日 とは?
母の日は古代ギリシア時代に神々の母リーアに感謝するための春祭りから発祥したといわれます。
そして17世紀のイギリスで、復活祭(イースター)40日前の日曜日を「Mothering Sunday」と決め、家から離れて仕事をしている人が家に帰って母親と過ごすことが許されていました。(里帰りの日曜日の意味を持ちます。
1600年代、主人が使用人を里に帰らせる日としたのが始まりです。)このとき贈り物として、「Mothering cake」というお菓子を用意したそうです。
20世紀初頭、1900年代のアメリカヴァージニア州が起源といわれています。1905年5月9日、アンナ・ジャービスという人の母親が亡くなりました。やがて彼女は、「亡き母を追悼したい」という想いから、1908年5月10日、フィラデルフィアの教会で白いカーネーションを配りました。これがアメリカで初めて行われた母の日だそうです。この風習がアメリカのほとんどの州に広まりました。そして1914年、その時のアメリカ大統領だったウィルソンが5月の第二日曜日を母の日と制定しました。
日本で、初めての母の日を祝う行事が行われたのは明治の末期頃で、1915年(大正4年)に教会で祝われ始め、徐々に一般に広まっていったと伝えられています。
昭和に入ると3月6日を母の日としていました。この日は当時の皇后の誕生日であったそうです。現在のようになったのは、戦後しばらくしてからだと言われています。
また、一般に広く知れ渡ったのは1937年(昭和12年)森永製菓が告知を始めたことをきっかけにするとも言われます。

最近、母の日 といっても日本では大事にされなくなってきたような感じがします。
でも、一年に一度しかない母の日はせめて苦労を労っておきたいですね。
だって、母親はご飯に洗濯、子育てを毎日がんばってくれているんですから。
石川県の和菓子 を・・・
突然の話だが・・・
もう、シーズンオフになってしまったけれども、スノボに行っていたときに石川県で和菓子を買って食べたり、お土産を買ったりした。
石川県で和菓子を探すのはそんなに難しくなかったが、気になるお店にしようといろんなお店をみたりしていたが、私はおいしそうなよもぎ団子のあるお店にすることに決めていた。
理由は、自分の母親がよもぎ団子をつくるのが大好きだからだ。やはりよもぎ団子は作っていると、違いも出てくるし、またあたらしいよもぎ団子の味や分量を考えたりできると思ったからだ。

石川県で和菓子 は比較的おいしい。
比較的というのはちょっとひどい言い方かも知れないけれども、理由は東京に比べて水もおいしいので、材料にこだわるとおいしくなるのだ。
特に、石川県や富山県には沢山の湧き水?飲用の名水スポットが多く存在する。
私の実家は東京だが、湧き水がある。やはり水道水よりも湧き水のほうがおいしいのだ。
そんな名水を使用したならなおのことさらおいしいはずだ。
私は、この石川県にある和菓子のお店でお菓子を食べたが、その際も水が非常においしかったことが印象的だ。
今後も石川県に行くときにはこの和菓子を食べに行きたいものだ。
熊本土産 。
今週末に友人が熊本から東京に遊びに来る。そのときに熊本土産を持ってきてくれるという。私が熊本土産で好きなものはお菓子や果物なのだが、どうやらおいしい熊本の阿蘇で作られたお茶を持ってきてくれるらしい。熊本土産としても有名で、おいしいお茶を作っているとのことだが、熊本ならではのきれいな水、栄養豊富な土など栽培方法にこだわった自慢の商品らしい。熊本の高原茶として古くから親しまれている日本茶の栽培が盛んな土地でもあるとのこと。
熊本は何度も遊びに行っているのだが、まだまだ観光地くらいしかいけていない状況なので、今後遊びに行くときには地元の隠れ名産を探して旅をしたいものだ。

熊本土産 を買うなら、何を買うか。
こんなアンケートをいつかとってみたい。熊本土産として有名なものとして知っているのはデコポン、と馬刺し?よくよく考えてみると何も知らず、後はお菓子で朝鮮餅とか?
無知って悲しいと思う今日この頃です。
次回は、名産と有名な土産をしっかりチェックしてこよ~っと。
酒販店 。
最近酒販店はふえてきている。
昔はあまりイメージの沸かなかったコンビニでさえ、ワイン、焼酎、日本酒、ビールと取り揃えている今日この頃。中途半端な酒販店はつぶれてしまうこともしばしば。
なぜかって、昔バイトに行ったことのある酒販店は結構品揃えも良かったしそれなりに有名だったのにつぶれてしまったから。
それはきっと、安易に帰るお店が増えてしまったからと言う理由に他ならないと思う。
酒販店に消費者は何を求めているのだろうか。

酒販店 にもとめられること。
まず、一番にあるのは買いたい品が買いにいったときに必ずあること。(有名どころがそろっていること。)次に求められるのは、商品が少しでも他(の店)より安価であること。そして、それ以外に求められていることは珍しいお酒や最新のお酒などの品揃えが豊富であること。その際に、試飲などができるとより良いのだ。
これらはたぶん当たり前に求められていること。だけれども、全てをクリアーするには相当の努力もいるし、そろえたお酒を全て売り切れるだけの消費者や購買希望者がいること。簡単なようでなかなか難しいと思う。
ただ、昔に比べて普及しやすく店頭で見て買う消費者とネットでお試しで購入する消費者をより上手く捕まえられた酒販店が今後生き残っていけるのだろう・・・。
大潟村の秋田こまち 。
大潟村は秋田市から北へ車で約一時間、北緯40度、統計140度に位置、かつては日本第二の湖だった八郎潟(湖)を干拓してできた新しい村のことです。大潟村の周囲は延長52キロメートルの干拓堤防で囲まれ、干拓地区の面積は15,640ヘクタール。承水路・調整池を含む行政面積は16,640ヘクタールにもなり、どこも海抜0メートル以下の土地というから現代の技術にも、大潟村の大きさにも驚きを隠せない。
その大潟村では、秋田こまちを主として農業を営んでいます。ちなみに、秋田こまちの名前の由来は、日本の美人の代名詞といわれている小野小町にちなんで秋田こまちと名づけたとされています。大潟村で稲作農業を営む者にとって、秋田こまちはまさしくこの大潟村の救世主であり、この秋田こまちがあるからこそ、今日まで大潟村が稲作農業で生き延びてこれたというくらい。その理由は、秋田こまちが今や日本を代表するお米として有名になっているから・・・

大潟村の秋田こまち は美味しく需要のあるお米。大潟村では安全性の高い、本当に混じりけのない、美味しい秋田こまちのお米づくりをしているとか。
大潟村での秋田こまちの米づくり環境は大変恵まれています。大潟村の東には奥羽山系と白神産地に囲まれ、そこから流れ出した水が周辺に21個という多くの河川があり、幾千古の年月かけて河川で大潟村に運び込まれた有機物が堆積し、肥沃な土壌を造り上げているため非常に栄養、水分共に申し分のない条件の下にあります。
この大潟村の栄養とふるさとの香りの詰まった秋田こまちをぜひ一度食べておくべきだとおもう。