今月に入り、父の体の浮腫みを改善するための投薬は続いていますアセアセ

 

しかし利尿剤を変えても尿が出る量は増えず、今、痩せ薬(ではないが)として話題の“マンジャロ”を打っても食欲は大して落ちないようで、施設で出される三度の食事の8割は食べているそうです

 

薬が効かんのよね...

父の心臓と腎臓は悲鳴を上げていますが、これね、私が思うにただ単に父の身体的な不具合からだけだとは思っていなくて、父の人間性である「強情」「意地っ張り」「偏屈」の影響が根底にあると思っています

 

とにかく「抗う」「戦う」ことがエエことであると、カッコいいと、美学だと思っていて、そういう何かが無意識に父の体内で稼働しているような気がするんですよねピリピリ

 

素直に人の言うことをきいたり、アドバイスを受け入れたり、人の意見や価値観を認めたりすることを「弱い」人間がすることなのだと思っている節がある人間ですわ...

ある意味PUNKやな~(笑)グラサン

 

でもね~、多分今の父は「素直」になりたいのではないかと...これも無意識ね

ただ、これはなかなか難しい凝視

 

だって物心ついてから、なにくそ~ムカムカなにくそ~ムカムカが普通で生きてきてますからね

そして父が生きてきた時代は、そういう時代だったとも言える日本

 

だから、父が悪いわけでもない...

ということを私は分かっていますってか、分かるようになりました富士山

 

人間にとって何が一番難しいってね、それは習慣を変えることなんです

これまで普通であった日々の行動や思考はすでにルーティーンになっていて、無意識のもとに発動していますから、まず自分が自分を見つめ直してみることが必要目

 

自分と少し距離を取って観察し、分析し、掘り下げないとダメなんです

とにかく自分にきくマイク自分自身と対話して、自分は何者なのか、自分は何がしたいのか、自分の幸せは一体なんなのか、どうなることなのかetc.を知ることですスター

 

しかし父にとっては、それはなかなか難しい...だって父は高い確率で、アスペルガー症候群とともに生きている人間であると私は考えているからです

 

空気が読めない、他人の気持ちが理解できない、共感できない人間にとって、自分自身を客観視することなんてどれだけ難しいことか

 

今日も父の診察に付き添いましたが、どうしても腹が立つんですよね

父と話すと「やっぱり変わらんのやな~」となる

そしてダメージのため、その日はグッタリ...まだまだヘタレな私...チーン

 

私のメンターの一人である名古屋の師匠が言うには、父の精神年齢は2歳、思ったことをそのまま全部言ってしまう、究極に素直な人だそうです

 

なんやねん、それ

「素直」て言えんのか...

大人としてアカンやろもやもや

 

父が施設に入り、毎日顔を合わせなくて済むようになったことで、私の体調は随分安定しましたが、襲ってくるフラッシュバック、怒り、悲しみ、罪悪感、しかしその対極にある父を失うことに対する不安...

 

私はまだ、お釈迦様の掌の上の孫悟空なのかも知れないなぁ...猿

 

To be continuedあじさい