11月20日、この日は朝から高梁市の中心街にいた。山田方谷記念館には地域学習をする中学生や

高校生の姿があった。平和な風景でもある。

国債連合「子どもの権利宣言」(1959年)がポーランド(ユダヤ人大虐殺があり、

ユダヤ人医師コルチャック先生による子どもの権利擁護実践があった国)による条約化提案を受け

子どもの権利条約として採択されたのが1989年11月20日のことであった。この日を記念して

11月20日が「世界子どもの日」となった。

 

その権利条約が最初に掲げる権利が「生命に対する固有の権利」(第6条)である。

 

 

ガザ地区において「子どもの固有の権利」はもはや存在しない、ことに痛切な思いを抱きつつ、

日本の子どもたちのこれからの行く末を案じながら、歩いた山田方谷の地、高梁であった。

 

<頼久寺にて>

 

コルチャック先生、このイスラエルによるガザ地区攻撃とそれによる大勢の子どもたち

の命が奪われていること、どう思いますか?