悲惨な現状とジョン・レノンについて

ですね、今日はジョン・レノンの「イマジン」を取り上げてみました。
実を言うと、私は彼があまり好きではありません。
どうしてでしょうか?単なる陳腐な夢想家、非現実的な理想家、金持ちだから言える偽善者?
どれも当たっているような気もするし、そうでない気もする。
私には彼の心の内を解かりようもないし、別段興味もない。
でも、彼の言うような理想郷といものは「無い」のは確かなことだ。
「あんたは神を信じているかって?」
私とて生身の弱い人間だから、困ったときには神仏に「頼みますから、助けてください」と
懇願しますよ。だから、きっと心の奥底では信じているんでしょうね。
でもね、こんなに困窮している世界をみていると
彼の歌は、やっぱり夢想家の甘い夢としか私には映らないのです。
旧約聖書の言葉を少し挙げて見ましょうか。
蒼穹を地上に据え
君のすべての同盟者は君を欺く。
君の友であった人びとは 君を打ち破り
君のパンを食べた人が君の足元にわなを設ける。
暴虐のために恥は君をおおう。
君は永遠に絶ち滅ぼされる。
君はその不幸の日に彼の災いを
ただ見ている一人であるべきではなかった。
君のした通りに君もされ
君の業は頭上に報いてくる。
偽りの空しいものに心を寄せる人は
おのれの真の恵みをすてる。
坂を流れるように
山々は彼の足元にとけ
谷は裂ける。
うん私も沢山の人を裏切ってきたし、裏切られてきた。
人の不幸を見てみぬ振りをして、ただの傍観者であった。
君たちは災いの日を遠しとし
不法の宴を設け
象牙の床に安居し
その褥(しとね)に身を長くする。
私たちは自然の子であることを忘れて、災いなど自分に降りかかるものかと思っているが
自分もごく普通の人間でありながら、贅沢三昧しているんだよね。・
喪服をつけて夜を過ごせ。
闇の日が、暗雲の日が。
山々にひろがる朝のように
彼の前に地はエデンの園のよう、
その過ぎた後は荒涼たる荒野。
いまの世界の自然に対する某弱ぶ然ぶりがうかがわれるね。
特に中国なんかそうだが、自国の利益しか考えていない。自然が破壊されようと
お構いなしだ。こんなゆがんだ社会がいつまでも続くわけがない。
昔、日本がそうであったように中国も必ず潰れるね。
彼らの滅びの日、わたしは彼らに
背を向けて顔を向けないであろう。
厳しい言葉だね。神に背を向けられたらお終いだよ。
旧約聖書は不吉な予想ばかりだが、まあ人がこの絶対自然に逆らったらどうなるのかと
警告しているのだが、日本を含め世界の惨事をみていると、あながちただ事ではないと思っている。
それでも私は人間という霊長類を信じているし、この惨事を教訓にして
人は何をしなければならないのか、何をしてはいけないのかを学ぶのだと思っている。
神からの啓示は、時に悲惨な出来事で終わるが、人はどん底から立ち直る強い力もあるのだと。
ただし私は「がんばれ日本」などと、陳腐な言葉を嫌う。
精一杯頑張っている人たちに、無責任にもまだ「頑張れ」と言うのか?安易なコピー誰が考えているんだろう。常識を疑う。
倒れて起き上がらぬものがあろうか。
道を間違えて 戻らぬ人があろうか。
私たちの子供、孫、そしてその子々孫々のの未来がかかっている。いまこそ人は深く反省しなければならないし、この辺で、道を折り返す勇気も必要だと言うことだ。でなければ地球の未来はない。「俺はそん時は、生きていないから関係ないね」なんて思っていると「そむける子らよ、君たちの好きにするがいい。私は君たちを罰することはない・・・私は君たちを振り返ることはない」
主イエスが磔刑に処せられた時、彼は言った。
「この世が果てるまで、この地に平和が訪れることはないだろう。悲惨な戦争と不幸が民を支配するであろう。」いまの中東の現状を見ていると、彼の予言は当たっているのかも・・・
小田和正は秀才。

今日は何だかなあ、疲れた。いい加減に曲、紹介するわ。
更新するって、結構労力いるよな。
あたり構わずペタ貼っている馬鹿なアフィリエイターと違ってな。
ああ、憂鬱だわ、何でだろう?
街行って、イイ女のまたぐらに手つっ込みたいな。
ええ、歳こいても、スケベ根性は変らないてか。
ああ、何だっけ曲紹介だ。邪魔くさいから(失礼)小田和正でいくワ。
そうだ、前に彼のカバーでレミオメロンの「粉雪」紹介したっけ・・・
何だか洋楽聴く気分でもないし、まあいいか。
てんで「小田和正」1947年生まれ。64歳ぐらいか?
いいおっさんじゃないか。それであの澄んだ歌声は健在だ。
何々、神奈川県出身、超名門校「聖光学院」に進学、その後建築に興味を抱いた彼は東北大学で建築工学を専攻。医大にも行こうと思っていたくらいだから秀才。最終学歴は早稲田大学院の理工学研究科だというから、根っからのオボッチャマ。
頭はいい、作詞作曲もできる、歌は抜群にうまいときている。天は二物を与えないて言うがあれは嘘だね。桑田にしても、福山にしても二物どころか三物も四物も与えている。
俺はひがむね。根性曲がっているから、若いオンナのチチもむだけで満足。
「神;そんなちっぽけな夢でいいのか?心入れ替えて出直して来い。馬鹿めが・・・」
まあ、それはそれとして(どれとして?)ウタダのカバーだ。
「3回目のベルの音で電話が切れた。近頃、気の短い人が多いみたいね、馬鹿みたいだけど。君に会えない日には、全部いやになっちゃう。Nothing interests me.君に抱きしめられたら、その場で感電しちゃう。君に会えないRainy days.何だかムラムラしちゃう、もうだめ止まらないIcn't・・・ahaaaan」何言ってんだ俺は。小田和正の「autmatic」です。
それから、ミスチル「HERO」のカバー。彼が歌うと、うん、うなるね、いい。
で、出ました。またもや桑田>。「真夏の果実」。小田さんのほうが味があるかもね、と言っておこう。
また独りになっちゃった。

今日は、一曲だけの紹介にします。
私にとっては、思い入れのある歌で好きな歌の中のひとつです。
ギルバート・オサルバン「アローン・アゲイン」です。アイルランド人シンガーソングライターで1972年にリリースされた。日本人にとっては「メゾン一刻・第24話」の始まりの主題曲で知っている方もいるかも・・・
昔、英語というものを知らない頃、Alone again naturally.
「いつの間にか、独りぽっちになっちゃった」なんて歌詞だったので、失恋の歌かと思っていました。
後日、知ったのですが失恋の歌なんてとんでもない。「孤独」という得も知れぬ諦念をひしひしと感じたものです。私自身が孤独を存分に堪能していた時だったから・・・所詮、人はすべからく孤独な生き物なのかも知れない。ね・・・
直訳したのですが意味が通じない。意訳したがそれでも彼の心が伝わらないので、自分勝手に彼はこう思っていたんだろうなあ、と思って勝手に解釈して和略しておきます。祭壇に残された歌手を見つめ、自分の思いを語って、その後に父母の思い出を歌っているが、彼の父親は母親を虐待していたというようなことがあり、この歌は自分のことを歌ったのではないと彼は否定しているが、真実であろう。
いまさっきのことだよ、もし僕がこんな辛さに慣れていなくて
憂鬱な深い気持ちに落ち込んでいたら
きっとこうするだろう、自分で自分にケリつけるんだ
近くの高い塔のテッペンに登って そこから身を投げるんだ
無残に砕けた僕を見て みんなどう思うだろう?
僕みたいにぼろぼろになって
急斜面の危うい道に独り残された者の気持ち
聞いてみたいよ、この教会でさあ 誰構わずね
誰もが「主よ」と言って懺悔している場所だから
「マリア」が「イエス」を生んだことは
みんなにとっては きっと奇跡だったんだろうね きっとね
僕の心には なんの迷いもないし 祈る気持ちもないけれど・・・
「そろそろ家に帰ったほうがいいかもね」なんて
「そうだね」僕はそう淋しく答えるんだ
独りで帰るんだ いままでと同じようにね
なにも変わっちゃいない 孤独なだけ
ほんの昨日のことなのに どうしてだろう
やる気もあったし 頭も冴えて
自分でもおかしいくらい陽気に暮らしていた
誰も憂鬱な気分でいたくないもの
そんな日々を心待ちにしていたんだよ
まるで映画の配役をもらった時のように
僕は陽気な役者を演じていたんだ
人生でそんな役が回ってきたら
誰だって喜ぶだろう?そう思わないかい
それくらい僕は楽しかったんだ
なのに打ちのめすように「現実」ってやつが現れて
優しく僕に触れるような素振りで
心をずたずたに切り裂いていった
神様なんていやしないさ そんな疑いだけが支配して
本当に神がこの世に神が存在するのなら
なぜ僕を・・・孤独の中に見捨てるの?
いまあなたが必要だと思っている時に
「もうお前はだめなのさ」と言いたげに・・・
そうさ 僕はまた独りになったんだ
ここにはまだ暖かな心があるだろうか?
修復できないくらい僕の心は傷ついて
放り出されるみたいに置き去りにされてしまったら
僕はどうすればいい?何をすればいい?
誰でもいい教えてくれ そう叫ぶんだ
でも「そうだね」いままでと変りはしない
ほんとうに本当に これがさだめだというふうに
いつの間にか独りになっているんだ
これまで積み重ねてきた人生を振り返る時
いろんな思いが浮かび上がるけれど
父が死んで大泣きしたことを思い出すよ
あふれる涙を隠そうともせずに泣いたんだ
そして僕の母
65歳になった時 僕を残して逝ってしまった
神様がささやかな休息を与えてくれたんだと
僕はずっと心の中で思っていた
母が生涯愛した父をなぜ 神はいとも容易く
この世から召し上げられたのかって?
ずっと理解できずにいたんだ でもいま解かったよ
僕はは母に対して愛情あふれる父に見えたのに
実は違ってたんだ 嘘つきだね僕まで騙して
母はなにも言わなかったけど深く傷ついていたんだ
でもそのまま逝ってしまったから・・・
そうと知っていたなら、励ましの言葉ぐらい言えたのに
母は なにも語ってはくれなかった
だから母がこの世から去った時
僕は一日中、泣いて泣き続けた どうしょうもなく
いま僕は孤独の中にいるよ
慣れっこになっているけれど
孤独を愛しているわけじゃないけど
僕にはどうしようもないみたい
自然の流れのように僕はいつも独りに帰るんだ
洋楽紹介もして行こうかなーと。

さて、今日は初めて洋楽の紹介をしますね。
ユダヤ系アメリカ人のポール・サイモンとアート・ガーファンクルといえば
「サイモン&ガーファンクル」によるポピュラーユニットですよね。
いやー懐かしい。
彼らは1957年に「トム&ジェリー」を結成したが泣かず飛ばず。
「サイモン&ガーファンクル」と改め、アルバム収録曲「サウンド・オブ・サイレンス」が大ブレイク。お馴染みダスティン・ホフマン主演の「卒業」の主題曲です。ハイ。
エレンがが他の人との結婚式に彼が乗り込んで、教会のガラス窓を叩いて「エレーーン」「ベーーン」と叫んで一緒に逃げちゃう。それからの日本のドラマには似たようなシチュエーションが流行った。
それはさて置き、1970年に彼らが出したアルバム「明日に架ける橋」は、全世界で売り上げ1000万枚を超える大ヒットとなりグラミー賞を取ったが、これを最後に2人はそれぞれにソロ活動に入った。
彼らの透明感のある歌声には、同世代のビートルズとは一線をかした、いままでにはなかった、音楽ジャンルに新風を巻き起こしたものだ。
私が中1の頃だったか、うちは貧乏だったが、最初に買ったレコードがビートルズと彼らのものだったと覚えている。
あの頃、何もない時代だったが、心だけは豊かだった。古き良き時代の曲です。
もう、二度とは帰らないね・・・1曲目は「卒業」の最後の映画シーンで、最後に「サウンド・オブ・サイレンス」ガ流れている。まあ、最近の彼らのライブからご紹介しようと思ったが、デビュー当初の曲にした。
それともう一曲。彼らの歌ではないがダスティン・ホフマンの話が出てきたので、彼を不動の俳優にした「真夜中のカーボーイ」(アカデミー賞も取っているはず)の主題歌、ニルソンの「うわさの男」をついでに・・・
この映画は1969年のアメリカのニュー・シネマパラダイスの代表作です。ジョン。ボイドとの共演で、大都会の孤独に押し流される2人の友情と生き様は、心打たれます。特に、最後の場面、ジョーは金を強奪し、ラッツォの憧れの地フロリダへと向うが、既に身体の衰弱したラッツォはバスの中で小便を漏らしてしまう。切なくて泣けました。
ニルソンのこの曲が、また哀愁を帯びていて、大都会のすさんだ孤独な風景に溶けこんで何とも言いがたい。Everybody'Takin' to me・・・
何だか関根勉のシネマ何とかというテレビ番組になってしまった。話は尽きないがこれまでにしておきます。DJ吉岡より。では、では。
盲目の天才歌手

今日はですね、知る人ぞ知る「長谷川きよし」です。
1949年生まれ。緑内障で2歳の時、失明し全盲になりましたが
1969年、「別れのサンバ」でデビューしました。
うんと、そう俺が18の時か・・・年月の経つのは早いなあ。
行きつけの街の路地裏のバーで、この曲が流れていたっけ。
(ん、18歳で酒飲んでもいいのかって?その頃は良かった???)
孤独で女を寄せ付けないニヒルな俺にはピッタリだったなあ。
ギターテクニックの巧みさ、歌の上手さに感動したものだ。
話はころりと変るが、うちのサイと結婚した時(サイは某有名銀行の行員だったが)
披露宴の席で、その銀行の支店長が、長谷川きよしの「黒の舟歌」を歌った。
何ともはや、場違いな不吉な歌を歌うものだと俺はいぶかった。
「男と女の間には暗くて深い河がある 誰も渡れぬ河なれどエンヤコラ今夜も舟を出す
・・・」なんてね。あ然として、何だかバツが悪かったのを覚えている。
が、しかし、いまは「さもありなん」「然り」「その通り」
俺は声を上げて大いに言ってはばからない「それは紛れもない真実だ」と。
大人の彼には先が読めていた。熱くほてった心に、優しく冷や水を浴びせたのだ。
今度、息子の結婚式にも、これ歌ってみんなのヒンシュクかおうかな。
てな、わけで桑田君は何でも歌っちゃうんだねえ、幅の広さに感心するよホント。
何もできない
このところ、色々なことがありまして、
何もでないワ。
ごめんなさい。
被災された皆様、何もできないけれど、
皆様が一刻も早く立ち直ることを祈っています。
来週くらいには、わたしも元気になっていると思います。
今日は、これが精一杯。では。
何もでないワ。
ごめんなさい。
被災された皆様、何もできないけれど、
皆様が一刻も早く立ち直ることを祈っています。
来週くらいには、わたしも元気になっていると思います。
今日は、これが精一杯。では。
くそ、怒りの言葉だ。

親父の葬儀はとどこうりなく終わった。
まあ、90だから悲しみもない。
何だかせわしないが、4月初旬に東京で息子の結婚式がある。
それがだ、葬儀の時だ。近親の親戚どもが、結婚式に出ると言ったにもかかわらず、
ぞろぞろと、出席を辞退申し上げると言ってきた。
身近な人間なら、こんな時だからこそ、出てやろうよとは思わないか?
東京で何が起こるかわからないからという理由だろうが、
俺はヤツらの男気・女気の無さにいささかガッカリしている。
俺は昔のヤクザじゃないが義理、人情の無い人間は嫌いだし、
たとえ親戚と言えども、そういう素振りが見え隠れする者を軽蔑する。
女にだらしかろうが、酒に溺れていようが、それはまだしも許せる。
よく聞け、てめえら
人間は義理、人情のしがらみの中で生きているんだ。
バカな親戚ども、お前ら粗末なチ○コ、やマ○コ自分で舐めてろ。
情けねにもほどがある。俺は今日、怒りまくっている。
親戚と言えどもこんなこんだ。悲しいがな・・・
だが、これが現実ってもんだ。
俺は親戚みんなにメール送ったがな
「当方、私の息子の結婚式には諸事情により出席お断り申し上げます。
あなた方の度量の小ささに、いささかがっかりしております。
器が小さい。それだけの人間だったのかと、呆れるばかりです。
そうした人間には、たとえ近親者であろうとも主席いただくても結構です。
こんな状況であるからこそ、出てやろうじゃないかという
人たちだけで挙式をあげたいと思いますので、あしからず」
こんな苦境に見える人間の本心は、かように醜いものだ。
俺は、仕事上、多くの人間の裏切りを受けてきたが、
近きの親戚となると情けない気持ちでいっぱだ。
本当に俺の人生、スリリングだなあ。
やるせない気持ちだわ、ホンと情けねえ。
て、みんなに個人的な心情ぶつけてごめん。
テメエら小さく生きるんじゃない。
誰に理解されずとも、心だけは大きく生きろ。俺の苦言だ。
まあ、怒りに任せて何だ、曲あっか?無い?・・・
ザキでも聞いて。
父の死
一昨日、午後9時40分、我が父親が90歳で天寿を全うしました。
大きく一呼吸して息絶えました。安らかな死であったと、思います。
ですが、今回の震災で無念な死を遂げた人たちを思うと、
人間の「運命」とは何なのかと、ひしひしと感じさせられます。
わたしは常々、自分自身に言いきかせている言葉があります。それは
「自分は決して選ばれた特別な人間ではなく、普通の人間である」と。
人は、あながち「自分に限って、そんな不幸なことが起こるわけがない」
そう思いがちです。
ですが、すべからく絶対自然と言おうが神と言おうが同じことですが、
その前では、金持ちであろうと医者であろうと、生命は平等なのです。
明日、私に「不運な死」が訪れないとは、神さえも保証してはくれない。
それが人間として、いや生きとし生けるものすべての運命だと、
わたしは呼吸しながら感じるのです。
だからこそ「生きる」ということは重いのです。かけがえがないのです。
皆さまも、よくよくそのことを考えて、
ご自分の人生を本当に生きているのか、考えてみてください。
すいません、個人的な感想であります。
2、3日お休みいたします。
数少ない愛する読者のかたへ。
わたしのように親を泣かせるような人生を送ってはいけません。
これは私の父母への懺悔(ざんげ)であり、後悔の念です。
乱筆ながら・・・
大きく一呼吸して息絶えました。安らかな死であったと、思います。
ですが、今回の震災で無念な死を遂げた人たちを思うと、
人間の「運命」とは何なのかと、ひしひしと感じさせられます。
わたしは常々、自分自身に言いきかせている言葉があります。それは
「自分は決して選ばれた特別な人間ではなく、普通の人間である」と。
人は、あながち「自分に限って、そんな不幸なことが起こるわけがない」
そう思いがちです。
ですが、すべからく絶対自然と言おうが神と言おうが同じことですが、
その前では、金持ちであろうと医者であろうと、生命は平等なのです。
明日、私に「不運な死」が訪れないとは、神さえも保証してはくれない。
それが人間として、いや生きとし生けるものすべての運命だと、
わたしは呼吸しながら感じるのです。
だからこそ「生きる」ということは重いのです。かけがえがないのです。
皆さまも、よくよくそのことを考えて、
ご自分の人生を本当に生きているのか、考えてみてください。
すいません、個人的な感想であります。
2、3日お休みいたします。
数少ない愛する読者のかたへ。
わたしのように親を泣かせるような人生を送ってはいけません。
これは私の父母への懺悔(ざんげ)であり、後悔の念です。
乱筆ながら・・・
永遠の若大将

昨日は突然の地震で音声が一時中断してしまいました。
「地震、雷、火事、親父」とはよく言った言葉で、
本当に地震は怖いですね。まあ、千葉に住んでいる息子は、何もなかったようでひと安心です。
まあ、自然の猛威というか、人間は絶対自然には勝てないということが、まざまざと見せ付けられた感じですな。神からの警告ということですか。
えっとですね、加山雄三。加山といえば「若大将シリーズ」全17作。オールカラー、全作シネスコ(解からんやろが)です。時は高度成長期。俺がガキだった頃の憧れの人。大学生の恋とスポーツを描いた夢物語だ。
「海の若大将」では、弾厚作(加山のペンネーム)作曲、岩谷時子作詞の「恋は紅いバラ」がヒット。
「エレキの若大将」ではエレキブームに乗って音楽映画作品だったが、加山の代表作「君といつまでも」が300万枚を超えるミリオンセラーとなった。
田沼雄一こと「田能久」の店主(有島一郎)の息子の加山を、大会社の社長の息子の山新次郎・青大将(田中邦衛)は宿敵と思っているが、何をやっても勝てるはずも無い。
スキー大会も一番、水泳も一番。エレキ大会も一番てわけで何をやらせても一番。んなバカな。
雄一は澄子(星由里子)を横にして、アコギで「君といつまでも」を歌う場面は有名。
「幸せだなあ、僕は君といるときが一番すきなんだ、愛してるよ
」バカやろうが、そんなキザなことオンナに言えるかってんだよ。いま、思うと何とも陳腐な可笑しい映画でした。
ま、俺たち純粋だったてことかな。
てんで、今日は加山の歌を紹介しますけれど、原曲じゃつまらないので桑田佳佑のカバーでまいります。ハイそれではサイナラ。DJ吉岡でした。ではまた・・・
わたしは恐妻家

昨日、ホストコンピュタ(俺が仕事ほかで使っている)がイカれて、ネットに繋がらなくなった。
困った・・・フム殺される
・・・仕事のためではない。サイ(動物と類似語)の怒り心頭した顔が、目の前にちらつくからだ。
このサイは韓流にドはまって、モウ中毒(ヤク中と類似語)。
暇さえあればウチのことそっちのけに、韓国ドラマ見ている。

死んでゆく俺を横目で見ながら、きっとパソコン画面見ているんだろうなと思うとゾッとする。
で、何が困ったかと言えば、このホストコンピュタはサイのパソコンにも繋がっているので、ネットも見られなくなってしまったから、さあ、ヘンタイじゃない大変。
「サイが帰って来る前に直さなければ・・・手ひどい目に会う」怖気が身体中をよぎる。
アルコール依存症でパニック障害だった俺でも、こんな怖いことはメッタにない。
ヒッチコックの映画より怖い。(古いッ)俺ををミステリーゾーンへと誘う。
「あなた変なことしたでしょう?ネット立ち上がらないワヨ・・・わたしの青春返してヨ、アアん。」
なんて幻聴、幻惑、幻滅の絶望。
予想通り、帰って来た途端パソコンを開いて、
「ええぃ、ネットが繋がらないワ、いま直ぐ直してヨ」てなもんでブツブツ言いながら、2階の自室に上がって行った。
刻苦精進とはこういうことを言うのだろう。
「南無阿弥陀仏。汝ここに往生せよ・・・」俺は坊様に向いているのかも・・・スリリングな人生も悪くはないがハアァ・・・
俺の人生は、どうしてこうもうまく回転しないのか?疑問、不問、SoカモンOh baby No maybe「愛」無くして「情」も無い
なんてね。結局、徹夜して何とか直したが、眠たげに朝を迎えたた朝は季節はずれはずれの粉雪。こな~雪

俺の心映して、閉ざされた春に凍っている。
午前6時過ぎ、俺は食器を洗い、米をとぎ、昨日居間のカーペットに、バカ犬がゲロ吐いた後始末に苦戦。
朝、妻を心地よく居間へと迎えようとする、俺の涙ぐましい努力。イカンバカリか思んぱかれよ諸君。
2階から、韓流見られなくて、いつもより早く起きてきたサイ。
「アア、疲れたワ、ねえちょっと肩もんでヨ」
「ハイハイここですかな?」
「ううん、もう少し横、ソコソコ気持ちイイ~」
(バカかよコイツ)
「今日はプラスティックごみの日だから、捨てて来て・・・ああ、それから靴下洗ってあるから干しといて。お友達見つけて一対ずつヨ」
「解かってマ」
「ああ、それからチルの散歩と、何だっけ?そうそうカボチャ煮とくからそれで夕飯済ませといて・・・それに居間で煙草吸わないこと、火の用心しといてヨ・・・もう直ぐ出勤するから・・・」
「解かってマ」
「ああ、もうやってられないワ、バカな上司に能天気な部下・・・ねえ、解かる・・・?ブツブツ・・・」
「大変でんなあ」(見て見ないよなフリ その身を守るため?
)デンデンいかようにこうるさい。
オンナは年寄るごとに男のようにガサツになる。
オトコは年寄るごとに女のようにひ弱になる。
結婚とは、人生に幻滅することである。(わたくしの言葉)
結婚とは「幸せ」という宝を捨てることである。(わたくしの言葉)
結婚とは女への従属を強いられる屈辱である。(わたくしの言葉)
結婚とは、忍耐、辛抱、堪忍、残忍な人生の墓場である。(わたくしの言葉)
結婚とは己が心に殺意を見出す恐怖である。(わたくしの言葉)怖ワッ。
結婚とは一人でいることの幸せを感じることである。(わたくしの言葉)
結婚とは切れそうで切れない操り糸であり、いっそのこと引きちぎってしまえと思うのだが、身体中にいつの間にか巻き付いて離れない悪夢である。(わたくしの言葉)
しかして妻とは周波数の合わない、ウルサイだけの壊れたラジオである。(わたくしの言葉)
どんだけでも出てくるが、こんくらいにして置かないと天罰が当たる。
スンマセン若き人たち、夢を壊しちゃった?笑ってくれよゴメン、ゴメン
。マ、輝く明日を夢見て、忍耐一筋ですナ。明るい曲、紹介に行こうか。
と、思ったらいま、地震速報。ぎょえ、息子が住んでいる千葉はどうなんだろうと心配になって、電話してみても繋がらない。事務所も彼女へも繋がらない。どうなんだろう???
スンマセン、一時ストップします。