本日の当番、まみちです。

ようやく、ここ何日かの間に日常が戻って来て、私も地面に足をつけ始めています。

 

けれど、ここにも自分のブログにも書いていなかったけれど

色々ありすぎたことが、私の許容範囲を超えてしまったので

自分を護るために現実逃避するしかなかったわけで

 

 

  私が頑張るとロクなことがない

 

先月、またオカンが入院してだったんですけど。

その前に、私がホンマはやばかったんですよ。

 

というのもね、オカンの調子が入院するちょっと前から悪くなっていまして。

少し動いただけで、動悸がしたり、胸が詰まるようにしんどいと言って

最初に狭心症が見つかった時のようなことを言って寝てばかりいたので

私が一念発起して、食料の買い出しに行くために

三輪電動自転車を引っ張り出して行ったのですよ。

 

そしたら、案の定というか、なんというか

地面の勾配に車輪を取られ、コケまして。

 

それが、二輪と違って三輪の場合、コケる時にただ横通しになるのでは無いのです。

自転車から投げ出されるような感じになり、

フワッと空に浮いた私の目の前には、土手沿いのガードレール?フェンス?の手すりが・・・

 

それに、くの字に打ち付けられましてね。

 

あー、あれ。

プロレスで相手を、ロープに打ち付けるときの様子を

想像できる方は想像してください。普通は背中でバウンドするけど

この場合は、前向きでダメージ与えるほうね。

 

だから私は自転車から、ガードレールへと放り出されたんですな。

 

でも、そういう時は不思議にスローモーションになるものですよね。

 

手すりが迫ってきた時、私は踏ん張って腹筋にチカラを入れ

胸はアカン!傷がある!と、ちょいと伸びまして

うまいことアンダーバストと腹筋の辺りに、手すりを吸収したのです

 

対向車線で信号待ちしている車の人や、歩いている人たちの驚愕の顔ったら。

 

しばらく痛みが収まるまで手すりを抱えこんでいた私に

「大丈夫ですか!」と人が駆け寄ってきてくれて

自転車をもとに戻すのを手伝ってくれたり

後ろのかごから飛び出た商品などを集めてくださいました

 

そーいう時は、恥ずかしいのと、アドレナリン大放出してますからね

「はっ!大丈夫です、ありがとうございます」

と皆さんに御礼を言って、何事もなかったようにその自転車で帰った私ですが

自宅に着いて、被害状況を確認したら

かなりの打撲と、足首は捻挫しておりました・・・

 

に、しても、良い場所で、しかも腹筋にチカラを入れた状態で

手すりに打ち付けられた衝撃を吸収出来たおかげで

打撲と打ち身程度で、肋骨には影響なく。

 

ま、それも自分で深呼吸してみてのことですが。

気胸とか内蔵損傷なら、こんなもんじゃないだろうから、

「あって良かった、内臓脂肪?」とばかりに自分をネタにして笑い飛ばし

(心の中でです、ほんまに笑ったら痛い)

そして鼓舞しながら、念の為、事故後3日程度は湿布を貼って安静にしておりました。

 

そしたら、安静にしている湿布だらけの私に買い物に出かけたはずのオカンから

SOS電話。

 

 

  甘えん坊でぐずぐずのオカン

 

調子がいいと思って出かけたはずのオカン。

やっぱり、ちょっと歩いたら苦しくなったらしいのです。

だったら私に電話するんじゃなく、救急車呼べよ

呼んだろか? と聞くと

「だったら、いい、しばらく休んでから帰る」

 

なんやねん、それ。

 

のようなことを、何日も繰り返すので

もう私が業を煮やして、何回目かに帰ってきた時に救急車を呼ぶというと

「じゃあ近所に恥ずかしいから、サイレン鳴らさずに来てって言うて」

 

アホか。そんなこと気にする余裕あんのか、と。

 

それで揉めて、その日は呼ばなかったのですが

次の早朝、私がトイレに行きたくて起きると、母がベッドに腰掛けているのです。

横にはトランクを置いて。

 

なにしてんのん と聞くと 

 

「やっぱ夜中から苦しかったから入院する」

・・・そんなもん自分で決めることちゃうわ、と

とりあえず救急車をコールして、自分で病状を説明するようにいい

連れて行ってもらったのです

 

そして半日ほど経ってから、担当医から連絡があったのは

「今回は血管の様子じゃなく、とんでもなく血糖の値が悪いから

それをコントロールするために、入院してもらいます」だって。

 

昔から甘党のオカンですが、特に糖尿病と言われたことは無かったんですよ?

なのに、急にそうなってしまったらしい。

 

そこからオカンの居ない2週間が始まったわけですが・・・

 

オカンが2週間居ない、ということは

ヘルパーさんたちの手助けを得られない、2週間が始まった、ということなのです。

 

つまり、私の家ではオカンが介護1の認定をもらっているので

オカンにはサポートが付いている。

でも、まだ介護でもなく、障害認定をもらっているわけでもない私には、

生活支援の公的サポートはなにもないのです。

 

乳がんサバイバーで後遺症で悩まされていたとしても

眠ってしまったら、そのあと強張って半日はカクカクしているくらい内分泌系の問題がある自己免疫性疾患じゃないか?と言われている私でも。

特に今の段階で、生活支援のサポートを受ける手だてが思いつかない。

 

いままで、家のややこしいことを全部引き受けて

母のダンナのように保護者のように、何もかも世話してきた私なのに

自分の身体が思うように動かなくなっている今になって

まだ若いから、とか。障害認定受けてるわけじゃないから

出来るでしょ 的に放り出されるのかぁぁぁぁ

 

これってまさに、高齢の親が居なくなったら

中年の子が、自動的に社会から見捨てられる

 

8050問題ってヤツじゃね?

 

いやいや、落ちてはいかん、気にしてはいかん、いっときのことだ。

とりあえずは家にあるもので避難生活のように過ごして

 

いまの全身の打ち身と打撲がおさまりさえすれば

朝のこわばりが溶けて、多少動けるようになってから

ほちぼち最低限の家事や買い出しくらいは出来るのではないだろうか・・・

 

と、その時は安易に考えたのですが、なかなか過酷なものだったのです

(続く)