なみ平です。
半崎美子、5周年記念集大成ツアー2022が、中野サンプラザで開催された。
開場は4時半、開演5時半。開場が遅れ、長い列。
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SUNPLAZAの文字が見れるのも、来春まで。
中野サンプラザは、そう、取り壊されて、新しいビルが建てられるそう。
中野サンプラザという名前がつく前は、「全国勤労青少年会館」だった。
白い三角形の外見は、昔から変わらない。中野の象徴だ。
70年代には、歌謡祭、コンサートが行われ音楽の殿堂だった。
山下達郎のコンサートもここで行われた。
中野にある私立高校は、卒業式をここで行っていた。
半崎美子のステージに突然現れた早見優。
「堀越高校の卒業式で、このステージにたちました!」といい、
「夏色のナンシー」を半崎さんと合唱した。
早見優にとっても思い出の場所のようだ。
中野の街を華やかにしておいるのも、この三角形の建物だ。
この三角ビルがあることで、吉祥寺と差がついてしまった。
なみ平の高校時代の住まいは、練馬。しかも埼玉の境の大泉学園。
通った高校は、中野、杉並、練馬の学校群で、中野からの生徒が多かった。
その頃の練馬、大泉は畑ばかり。中野区からくる高校の同級生は、かっこよかった。
当時仲の良かったW君は中野が自宅。中野駅で待ち合わせという時は、1時間半かけて自転車で行った。
ベルボトムジーンズをはいて、サンタナかなんかのTシャツを着て自転車で出動した。
喉をチェルシーで潤したりした。帰りは、荻窪の春木屋でラーメン。
なぜか荻窪は落ち着いた。
中野、杉並、練馬は、都会の中野、田舎の練馬、その間が杉並。そんな感じだった。
練馬は、畑も多く、近所の農家のおじいさん達は「だんべ」という言葉を使っていた。
笑い話になっていたが、なみ平が、母と散歩をしていたとき、「だんべだって!!なんだべ!」
と大きな声で言ったらしい。
そんなことを思い出しながら、半崎さんのコンサートよりも中野の街に思いをはせていた。
半崎良子のステージは、もちろん、素晴らしかった。
抜群の歌唱力と表現力だ。
半崎良子さんは、北海道の大学を20歳で中退し、東京や札幌で17年間の下積み後デビューした。
札幌の公立の夜間中学、札幌市立星友館中学校が、今年の4月開校した。
その学校の校歌を半崎美子さんが作詞作曲、歌も歌っている。
この札幌市立星友館中学は、映画「新渡戸の夢」の撮影場所候補だ。
新渡戸の夢のホームページが、ひとまず完成した。
これから少しづつ、見栄えをよくしたり、内容の充実を図っていく予定。
最後に、半崎美子さんのブレークのきっかけになった曲をBGMに!
詩に注目を!
一曲目


