どうも、本日の当番 まみちです。

世間一般ではお盆休み。皆さんいかがお過ごしでしょうか。

まずはブログをお読みになって頂いている皆様に、告知をさせていただきます。

ヴィアーレの仲間たちのメンバー、なみ平さんと、野沢監督が映画製作を準備しています。
そのイベントがあるそうです。有料のイベントみたいだけど・・・

 

それから・・・これは私事ですが

前の記事で、私が大変期待して応援している・・・という表記がありましたが、
すいませんが、それはちょっと誇大広告だと思います。(笑)

 

今の段階では、仲間のなみ平さんと野澤監督が頑張っているから

 

「いいものが作れるといいですね」


という気持ちです。というのも私は歴史上の人物として、新渡戸に興味を持っておりませんでした。多分、大多数の人と同じように
「なんかお札になってた人じゃなかった?」程度です。

 

日頃の社会生活での違和感や疑問を追求すべく、

逆算的に近代から幕末、そしてもっと昔まで、

「なんで、こーなってんのや?」を調べてきた私ですら、

アンテナに引っ掛からなかったのですから、

新渡戸の功績や魅力といったものは、私の追っているテーマとは

違うラインに存在したのかもしれません。

 

だから、あえて言います。

 

 

私みたいに全く興味のない人にでも、新渡戸の功績や魅力が伝わるものを作ってくださいね。

 

 

作品ができたら、拝見します。

そして心が動いたら、言われなくても滔々と語りますのでご安心ください。

さて本題です。

 

 

 TODAY'S
 
本日8月15日は終戦記念日です

BGMは東京事変「原罪と福音」歌はまみちと、ももも水素水さんです。

奇遇にも、前回、毒父のことを書いた日も、本当はヒロシマの日だった気がしますね。

 

この終戦の日近くになると、私はいつもイライラします。

ザワザワといったほうがいいでしょうか。

 

それはなぜか。

 

先の大戦で亡くなった人たちの魂を鎮め

もう二度と愚かな戦争を起こさない

あなた方が望んだ良い国を作っていきますよ と

自戒と決意を新たにする 日だというのに

ここ何年というもの、その大切な日のイベントに
「戦争」の新たな解釈が、恣意的に注入されているような気がするからです。

 

前に私の本体の記事にも書いたことがありますが、

 

 

ヒロシマの追悼の際に、私の大嫌いなタカ派議員が挨拶に立ちました。

その挨拶が、キモいのです。

 

これは時代劇の仇討ちか?忠臣蔵の話か?

みたいに、やたら芝居ががった口調で先の大戦を美化し

犠牲になった人達をまつりあげ

あなた達の仇はいつか討ちますよ・・・的なストーリーさえ聞こえてしまいました。

 

いまも、やたら台湾侵攻の懸念で国民を煽っていますが、ハッキリ言っておきます。

 

戦争で亡くなった人、
みたいに他人事で言うんじゃない。
日本政府と軍が一般市民を犠牲にしたんだよ と

 

第二次世界大戦で亡くなった人を英霊だ、御霊だ、と祀り上げ

戦争を美化する人達、

そして彼らの意志を継いで強い国を、と大声で謳うひとは

私の知る限り、体感として本当の戦争を知らない人です。

 

いまの二世議員のお父さんはもとより
戦中のハズのおじいちゃんですら、皆さんそこそこ、えらーい人ばっかりです。

戦地で敵を殺したことも、殺されそうになったこともないはずです。

 

百歩譲って戦地に行っていたとしても、食料などがストックされた安全な司令本部止まり。

偉い職業軍人の人たちは、ずっと日本に居ながら、チェスの駒を動かすように
「あっちへいけ」「こっちへいけ」とやっていた人が殆どです。

そんなお父様たちの子孫は大抵、いいとこの子、良家の子女として今も上流国民です。

 

今まで実際に戦争を体験した人を取材した経験では、みなが口を揃えて

「あんなものは二度とやっちゃいかん」と言います。

その経験を実際に聞いていると、まるでそこに自分がトリップしてしまったような感覚になります。

いくら美辞麗句を並べたて、自分のやっていることが聖戦だと言われても、実際目の前で起こっている出来事は血生臭く、身の毛のよだつものだった、と。

 

たいした訓練も無いまま。実際の戦地に行き
慣れない銃を撃って、その反動で片腕を失ったこともなければ
敵から逃れてジャングルの湿地帯に隠れ、
その最中にヒルに噛まれても、声を上げられなかった・・・

 

そんな苦痛を味わったこともなく、命令を下すだけの上級の職業軍人の方々の子孫に

「お国のために散った英霊」とか持ち上げられても、

遺骨もなくどこで本当に亡くなったのかも解らない、悲しい遺族たちの心には響かないと思います。

 

それより何より、この犠牲を消して無駄にしない、という強い決意を示してくれる方が嬉しいはずです。

 

 

そして私が想像するに、戦争で亡くなった人達の本当の願いは、
それぞれに幸せな個が集まった、くに だと思うのです。

 

自分の故郷がいつまでも美しくありますように

子や孫が、いつまでも恙(つつが)なく暮らしていけますように

そう思っていたはず。

 

そりゃ大国に踏み潰されるほど、弱くなってはいけないけれど

世界を制覇するような、強い国になりますように・・・ではなかったと思います。

 

戦中戦後を調べれば調べるほど、

 

当時の日本はやっぱ間違えたな

 

と思います。

 

国民に嘘の戦況を伝え、群集心理を操作して総動員で戦争に向かわせ

諸外国や日本そのものにも大被害を与えた人たちは、みな東京裁判で裁かれたように学校では習いましたが、一概にはそうではありません。

 

戦犯とされた人の中にも、日本が終戦した後に勃発した朝鮮戦争のどさくさで、アメリカが

「もういいや、とりあえず手伝って」みたいな感じになってしまい、

さまざまなものが有耶無耶となり、復権した人たちも多くいました。

そういう人たちの中には

「やっぱ俺、間違ってなかったやん。神風吹いたやん」

的な勘違いしている人間が居たのです。

 

そういう、戦争も、自分も間違ってなかった と思っている人たちと

アメリカから与えられた自由な民主主義の恩恵に酔いしれる国民と。

どさくさと混乱の中で、日本は経済成長だけが目的となり
国の在り方や方向性など真摯に話し合うこともなく

 

 

そしてこの何十年かは
カルトと金の亡者だけがイソイソと投票に通い、
たった25%の大きな声の人だけで
国が動かされてる状況になったのです。

 

いかんです。このままだと、また善良で優しい日本人が
血を流したこともない上流国民たちに、武器を持たされてしまいます。

 

そんなことにならないためにも、投票や世論で戦争反対を訴えていくのが、世界唯一の被爆国の使命なんじゃないかな、と。

 

そんなことを考えていると、↑の椎名林檎の美しい言葉が胸に響きます

 

昨日の傷も恥も 詳しく見たい

だって審判を下す役は自分自身

さあ今日を明日を世界を

僕は誓って諦めない 誰一人残さずに

信じたいもっと 尊厳の値打ちを

 

ご愛読ありがとうございました(笑)

良かったら、本体のブログにも遊びに来てね!

気まぐれ更新だけど、2014からやってるから記事はあるで(笑)