今日の当番、なみ平です。

 

札幌でのお話の続き。

野澤監督、なみ平は、無事に札幌到着。

スタートは、「味の時計台総本店」での味噌ラーメン。

ラーメンの日ということで550円。

「ついてるね。野澤さん」口笛

「Kiriさん、ちゃんと飛行機のれたかな? 味噌ラーメン一緒に食べたかったね。」ニコニコ
 

 


なみ平は、学生時代、ラーメン屋にはよく行った。
吹雪の中、黄色のコーン、チャーシューがのった味噌ラーメン屋を探した。味噌ラーメンには、にんにく、唐辛子を沢山いれる。そして、仕上げは、味噌スープと残りのチャーシューで白いご飯。

身体も心もポカポカ。ニコニコ


ラーメンの後は、音楽仲間の待つ、小さなお店。

注文は、一杯100円のサッポロソフト(焼酎)。
その場には、京都出身のS君がいた。
S君は、酒を飲むときも楽器を離さない。

よくしゃべる。

S君は、今度の新渡戸映画作には、全面協力してくれる。ニコニコ

 

話を戻します。

午後6時、S君、Kiriさん、野澤監督、SHINさんと、すすきのBARかま田で映画製作に関する打ち合わせ。

Kiriさんは、時間通りにきた。

「Kiri さん何食べたの? 監督と味噌ラーメン食べた。」

「吉野家で牛丼食べた!場所がわからなかった。」とKiriさん。びっくりマークはてなマーク
野澤監督は「札幌で牛丼かよ。ラーメンじゃないの」ゲッソリ

 

なみ平は知っていた。

札幌には吉野家が多い。多くの若者は、本州や道内の田舎町から札幌にやってくる。

時に寂しい時もある。一人で店を探す若者にとっては、吉野家は入りやすい。

地方からでてきた大学生にとって、「よしぎゅー」が、青春の原点になっている。

1人で、どこで何を食べたらいいかわからない。安く、早い方が良い。

そんな時、「よしぎゅー」は、つい入ってしまう店だ。

Kiriさんは、久しぶりの急な札幌出張、「早い、安い、旨い」のキーワードを掲げる吉野家を選んだのは、

わかるような気がする。

Kiriさんも栃木から東京の大学に来たときは、吉野家に来てたんだろう。

青春の味は、すりこまれるものだ。

 

なみ平も、同じような経験がある。

ひとり、ミラノに夜到着。

言葉もわからず、店に入ってもメニューが読めないのは、わかっていた。

そんな時は、マックをいつも選んでいた。

ミラノの本社の方に「なんで、マック!!」と驚かれた。ショボーン

マックは、なみ平にとって、青春の味。

どこに行っても安心。

日本マクドナルドは、1971年に日本でオープン、急速に店舗を拡大した。

吉野家は、1977年に100店舗を越え、1978年には、200店舗。その頃、なみ平、Kiriさんは、青春時代。

 

まさに、なみ平、Kiriさんにとっては、マックと吉野家が青春の食卓だった。青春の味はすりこまれる。そして、一人でもhappyにさせる場所だ。

 

青春時代の食事、好きか嫌いかは別として、すりこまれている。

そして音楽も、すりこまれるときがある。

石川ひとみの「まちぶせ」もそのひとつ。

 

 

 

なみ平は、24歳の頃、棒二森屋という百貨店の特別ステージで石川ひとみの前座をしたことがあった。

いつも自分のバンド演奏は、身内しかこないのに、1000人以上がきた。その時のメンバーのO君は、オホーツク海の漁師。浜頓別町にいる。

映画の強力なサポーターになる予定。

 

これから作るドキュメンタリー映画「新渡戸の夢~教育の魂~」は、遠くに住む、友があつまり、

野澤監督によって映画がつくられる。Kiriさんも素晴らしい音楽で映画を彩ってくれる。

 

そして、映画の舞台のひとつは、新渡戸稲造が札幌で創設した札幌遠友夜学校だ。

資料によると、新渡戸は、学校をはじめるにあたり、学問ができる人のみを先生に頼んでいない。

友達になれるー遠友になれる人、子供をかわいがる人、どんな人であろうと明るい気持ちにさせる人を選んでいる。

そしてこの学校を卒業した生徒は、人生で最も大切なことを、札幌農学校からボランティアで参加した先生と一緒に学んだという。

 

今、もし、新渡戸稲造がいたら、どんなことをしているだろうか? そして、教育の本質とは何か?

教育といっても、夜学校から大学、企業そして、社会と幅は広い。

そんなことを、酒を飲みながら語り合えるような映画ができるであろう。応援よろしくお願いします。