ども🙋‍♀️今日の当番、まみちです。

初っ端から、ですが。

今日はこの歌について話をするので、聴きながら読んでいただきたく

 

 

歌自体は、とてもシンプルに聴こえてくる歌なのですが、これが実に深い。

歌詞そのものは私の歌を聴いていただくとして(笑)

ギュッと本質をまとめてしまうと

 

きみは生きているだけで、すでにたくさんの素晴らしい富を持っている

それは、きみの命に付随しているから輝くのであって

誰かが奪ったとしても、きみの命から離れた途端に光を失うんだ

だから、きみは人の言葉に惑わされたり、悩んだりする必要もないし

泰然自若で生きてればいいんだよ

image

 

ということを、椎名林檎は歌っている・・・と私は解釈しております(ㆆ_ㆆ)

 

なんでこんな話を始めたか、というと、

先日、母が心臓のカテーテル手術をするために入院しました。

実は母は12年前に、労作性狭心症と診断されて、カテーテルで検査と治療を試みたのですが、

血管が耐えられない、ということで中止し、後日改めて心臓バイパス手術(冠動脈バイパス手術)を受けたのです。

 

その後順調だったのですが、さすがに12年も経つと、その時のバイバスや、他の血管も問題が出てきたみたいで、それで今回もカテーテルのための入院をしたのです。

 

そしたら、自動的に12年前のことも色々と思い出されて・・・

その時勝手に頭の中でBGMのように流れ続けていたのが、いま私が歌っている椎名林檎の「ありあまる富」なのです。

 

母がの手術をした12年前、と言えば、私達母娘とワンコの家族に取って、大きな分岐点。


それは私の人生、最大のガンであり、宿敵でもあった毒父を切り捨て、おかーちゃんと先代のワンコを連れて脱走する、という出来事があったからです。

 

あの当時の私達のことを、もしドラマにしたらこの曲が絶対エンディングにほしいなぁ

なんてことを思うのです☺️

当時まだ母は、毎日のように毒父からモラハラ・パワハラを受けていて、手術を勧められても

「病気なんやったら痛い思いしないで、このまま死にたい」と断り続けていました。

 

毒父は私が幼少の頃から毒父なのですが、一言でいうと「自己愛性人格障害」

人に自分をよく見せることには長けていて、近所の人に「自分はいい夫、いい父なのに家族がちっとも大事にしてくれない。ありがたみを感じてくれない」という嘘八百を言いふらかせていました。

 

毒父にとって家族とは、自分を引き立てるアクセサリーでしかないようで。

なのに、アクセサリーに自我があって文句を言ってきたり、必要経費が掛かることですら不満でした。

 

当然、入ってくるお金はどんなものであっても自分のもの。

たとえ家族の生活費や、学校で必要なお金だったとしても、自分から金を奪う者は邪魔者でしかなく。

「なんでワシがそんなもん出さなあかんのや!」

「金ばっかり掛かりやがって!」といつも怒鳴れました。

給食費や修学旅行の積立でも、です。


 だから若かった頃の母は、父に請求するのが面倒な支出を、昼夜働いて払ってくれていました。

それを知ってる私達子供は、父を嫌いました。

毒父はますます孤立し、しまいには

「ワシの金でメシが食えてるくせに、もっと有難いと思え!」

と、ことある事に難癖を付け、家族は余計離れる

もしくはイジメに対して抵抗し、ケンカになりました。

まぁ、常に怒号飛び交う闘いの日々ですね。

 


しかし問題は母が年をとって、自分で働きに行けなくなった頃からです。

毒父がエスカレートしたんです。

抵抗する子どもたちは家をでていますから、経済的にも精神的にも母を追い詰めました。

「お前みたいなのがババアなんて、使ってくれるところはどこにもない」

「ワシがおらな、お前みたいなのが、1人になったところで、生きていけると思うのか」

「ワシの言うこと聞いて、生きていくしかないんや」

 

身体を壊して、自活するだけの働きが出来なくなり、東京から京都に戻ってきた私は、まるで母を奴隷のように扱う毒父を見て、毒父をコテンパンに罵倒しました。

そして母に「逃げよう」と言ったのですが、母は逆に私を止めました。

私が抵抗すると、私がバイトに行っている間に、いじめが酷くなるというのです。

しかも、もう自分には此処を出で生きていく力はないと。

 

パワハラやモラハラに遭い続けて、アイデンティティも自己肯定感も失った人は、

本当に自分には何も出来ない、耐えるしかない、と思い込んでしまうのです。

 

わざわざ手術して痛い目みてまで

こんな毎日を続けるなら死んだ方がいい


母はそう言いましたが、私は

それは根本的に話が違うで、と諭しました。


そもそも父のやっていることは不正行為なんだと。あっちが止めないなら

受け止めなければいい、だけ、なんだと。

そして

「あんな疫病神捨てたら、きっといいことがあるって!」と励まし、ようやく母に手術を承諾させ入院させました。

 

すると・・・長い入院生活の間に、母の✨気持ちに変化が起こった✨のです。


全身麻酔で胸をパックリ開ける手術をした痛みよりも

父に追い立てられることも、

怒鳴られることも無く、

ぐっすり眠れる生活を体験した母は改めて思いました。

「この世に、こんな静かで、穏やかな日々があるんだ」

「人から優しくしてもらっても、申し訳なく思わなくていい、なんてことが、世の中にあるんだ」と。

 

そう、洗脳が溶けて、自分も大切にされていいんだってことに気づいたんです。

 

ここで、ありあまる富 ほしいですね。

 

そう、この歌は

「誰にも支配されない、自分を取り戻す歌」

なんです。

そこからは、またまた波乱万丈、私の苦難の日々が続くわけですが(笑)

 

波長の合わない人間、というか、根本的に価値観の違う人間と同調して生きていくなんて、出来ない話です。本当に気が狂いそうになります。

だから私は、母とワンコと生きていくために毒父のことを捨てました。

 

それ以降の話や私の葛藤は、また自分のブログに書きます。

 

みんなに言いたいことは、

色々あったけど

命があって、大事に思う人達がそばにいて

ほそぼそとでも雨露偲んで生きているだけで、私の心はホクホクだということですわ(笑)

 

ドキュメンタリーの仲間たち
無料イベントのお知らせ

野澤和之 監督作品
「ザ・ノンフィクション 父が教えてくれたこと」
作品視聴と、zoomトークイベント

こっちは野澤さんの話ですね

作品本編の視聴に加え、zoomトークイベントに無料でご参加いただけます。

顔出しせずに、聞き専での参加(いわゆるリスナー参加)も出来ます!

 

イベント日時:2月19日(土)17:00~
 

※参加をご希望の方、詳細は下記リンクの 「無料イベント参加申込フォーム」からお申込みください。