10年後、2036年の世界は、今とはかなり違ったものになっているかもしれません。
もちろん、未来を正確に予測することはできません。10年前の私たちが、現在の生成AIの進歩を完全に想像できなかったように、これからの10年間にも、予想外の技術や出来事が起こるでしょう。
私は最近、そんな「10年後」を想像することが楽しくなりました。
特に大きく変わると思っているのが、AIです。
現在はスマートフォンやパソコンを使って、私たちがAIに質問をしています。しかし10年後には、AIがもっと生活の中に入り込み、わざわざ質問しなくても、必要な情報を先回りして教えてくれるようになっているかもしれません。
健康管理、買い物、旅行、家計管理、読書、勉強、行政手続きなど、さまざまな場面でAIが人間をサポートするでしょう。
さらに、そのAIが画面の中だけではなく、ロボットとして現実世界に出てくる可能性もあります。
ヒューマノイドが家庭や職場で働き、掃除、荷物運び、介護、買い物など、人間が負担に感じる仕事を手伝ってくれるようになるかもしれません。
これは単なる便利さだけの問題ではありません。
高齢化が進む社会では、人間の身体的な限界をテクノロジーが補うことが重要になります。
人間は年齢とともに体力が衰えていきます。しかし、AIやロボットには人間とは違う強みがあります。
疲れにくい。
大量の情報を処理できる。
24時間働ける。
そして、知識を瞬時に呼び出せる。
人間とAI、そしてロボットが、それぞれの得意分野を生かして共生する社会が少しずつ現実になるのではないでしょうか。
一方で、10年後には仕事そのものも大きく変わっている可能性があります。
AIによって仕事がなくなるという話は、これまでも何度も語られてきました。しかし実際には、「仕事が全部なくなる」というより、「仕事の中身が変わる」と考えたほうが現実的かもしれません。
AIに任せられる仕事はAIに任せ、人間は人間にしかできない判断や、人とのコミュニケーション、創造的な活動に時間を使う。
そんな働き方が増えていくでしょう。
そして、私は「何もしない時間」の価値も高くなると思っています。
技術が進歩すればするほど、人間は忙しく働かなければならない、というわけではありません。
むしろ、AIに仕事を任せることで、人間が自由に使える時間が増える可能性があります。
読書をする。
散歩をする。
旅行に行く。
音楽を聴く。
未来について考える。
こうした一見すると生産性のない時間が、人生を豊かにするのではないでしょうか。
10年後の私は、今より年齢を重ねています。
身体的には今より衰えているかもしれません。しかし、技術の進歩によって、今より便利で自由な生活を送っている可能性もあります。
そして何より楽しみなのは、「10年前に想像していた未来」と「実際に到達した未来」を比較することです。
未来予測は、当たるか外れるかだけが重要なのではありません。
「もしこうなったらどうなるだろう」と考えることで、現在の世界を違った角度から見ることができます。
SF小説を読むことも、その一つです。
あり得るかもしれない未来を想像し、そこから現在を見直してみる。
私はこれからも、そんな「もし、もしも」の思考を続けていきたいと思います。
10年後の2036年。
AIと人間が今より深く共生し、ヒューマノイドやフィジカルAIが街の中で普通に働いているかもしれません。
あるいは、私たちが今では想像もしていない技術が登場しているかもしれません。
未来は、まだ決まっていません。
だからこそ面白いのです。
10年後の自分が、今の自分を振り返ったとき、
「こんな未来を想像していたのか」
と笑えるくらい、面白い未来になっていることを期待しています。