事故で突然伴侶を引き裂かれるのと、結婚して数年で若くして引き裂かれるのと、長年連れ添って思い出がその分溜まってから引き裂かれるのと何が1番辛いんだろう。

いつかと言うと、仕事から家に帰ってすぐな妻の位牌に向かって話しかける時が1番だ。未だに毎日涙が溢れてしまう。

今日何年ぶりかに電車に乗って大型駅まで来た。土曜日という事もあり人が多い。ちょうど同じ年代位のカップルか夫婦も沢山いる。自分はもう2人で歩く事は出来ないんだと実感する。歩きながら涙が止まらなくなる。怪しいおじさん。

今日は妻が好きなオムライスを作って一緒に食べた。仏壇にお供えして。なんで仏壇に供えなきゃならんの?生きていたら供えなくても良いのに。

どっち?どっちに居るん?位牌と遺骨。あの日以来、仏教や死に関する色々な本を読み漁った。自分の宗派では位牌に妻の魂が宿るらしい。通常は四十九日に納骨するらしい。お墓はある。でも、遺骨に妻を感じられ寝室に移動する時も抱いて一緒に移動する。朝起きたら寝室からリビングへまた一緒に移動する。暗くて狭いお墓に納骨なんてしたくない。妻も同じ思いだと良いのになぁ。

今でも会えている。妻が畳んでしまってくれてた自分の下着。ゴミ捨て用に取っていたゴミ袋が畳まれてたり。そんな家にある物を目にする度に妻に会える。ただその度に涙が溢れる。嬉しくて悲しくて、でもそう言うのを見つけて会いたくて。

結婚生活が台無しになったと気にしてた妻。いやいやいや、全然大丈夫。看病生活をしてても普通に暮らしてても俺は変わらなく暮らせてたよ。いつかは皆んなどちらかが闘病生活と看病生活をする時が来るんだから。気にし過ぎやわ。この思いどれだけ伝わってただろうか。

前にも書いた通り最愛の人からの遺書の類は見たくない。
でもそれだと相手の本心が分からない。
なので、どうにかして今までの日常の出来事をかき集め自分が傷つかない様に解釈し自分が愛した様に愛されてたんだと思う様になる。
だってそれが楽だから。
妻はスマホのメモに闘病中のメモを数件残していた。悲壮な感じでは無く前向きで面白い文章で。
でも今日気づいた。最後にメモしていたのは亡くなる、ひと月前、ネットの掲示板の投稿のコピーだった。
以下にその投稿をコピーさせて頂く。

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823(1):名無しさん[sage] 2021/07/23(金) 10:30:13

847:名無しさん 2019/04/26(金) 15:38:32 ID:
Breakfast

usagi 04/26/2019


Breakfast 平日の朝食

普段、平日の朝は要らないと頑なに朝食を拒否する
Pが何をおもったか・・・
「朝食、ナニ?マダ?」
と声をかけてきた。
えっと、いつから食べる事になったでしょうか。
今しがた台所仕事を終えてメイク開始!って、
エプロンをはずしたところですよ・・・
「どうしたの?食べない派でしょ?」
「お腹すいた。パン食べたい。甘くないの。」
「・・・。」
キッチンに舞い戻り、急いでしたく。
パンはブラン食パンしかないけど絶対Pは嫌い。
まだ動画化してないけど、
レンジでチンするパンケーキがあって、
便利な上にコレがなかなかイケる。
私には甘いけど濃い味が好きなPには甘さが
足りないだろうからちょうどいいかな。
と600Wで1分半、チンする。
プクプクと膨らんであっという間にパンケーキが
出来上がり!
コレ、ホントに便利。
*紹介の撮影は済んでいるので編集待ちです。汗。
その間に冷凍させているハムをそのままフライパンへ。
焼きながら解凍。
わきに卵を落しいれ、目玉焼きにする。
コーヒーは目覚めに1杯入れていたから、
私が一口つけたけどそのまま出す。笑。
IHになって行平鍋が使えなくなり、
電気ケトルを買うか!と思ったけど・・・
バルミューダのレンジにカップでお湯を沸かす機能のメニューがしっかりとあったのに気づいて、
しばらくコレを使ってみようと思っています。
今朝もそれで温めた。
コーヒーはマウントハーゲンのスティックタイプで、適量になっているから調整要らず。
お皿に常備の茹でブロッコリーとプチトマトを添えて、焼き上がったハムエッグ、
チンして膨らんだパンケーキを盛り付け、
上からココナツオイルのバター風味をのせる。
甘味を追加する為にパンケーキシロップも置いて。
さぁ、召し上がれ。
上半身ワイシャツ、下半身トランクスで、
すでに靴下も履いているがなぜパンツを履かないのか、
分からないがテレビを見ながら食べる姿が可愛い。
「美味しい?」って聞いたら、
「美味しい」ってかえってきた。
甘くないヤツと言いながら、
パンケーキシロップをかけろと言い、
目玉焼きには醤油を、と。
もふもふとリスのほお袋みたいに頬を膨らます姿が
餌付け欲を満たしてくれる。
私、この人が好きです。笑。
たとえ普段食べない朝食を当たり前のように要求し、忙しい朝にひと手間かけさせてくれても・・・笑。
食べる時は少しだけでも横に並んで座り、
好きなものを用意できたか、確認したい。
先に行くねーと言うので玄関で見送って戻ると、
空になったお皿があって、一人、にんまりと笑う。
労働の対価はこれで十分。
いつもこんな朝を迎えているわけじゃないけれど、
お互いの価値観ややりたい事が、
常に一緒でもないけれど。
歩み寄れる所は互いに思いやり、歩みより、
個々を尊重する時は尊重する、、、
他人に理解できなくても、
私達にはこの距離感が心地よくて幸せ。
幸せの尺度も環境も人それぞれ。
他人の目を気にした幸せなんて私には窮屈。
世間体や固定観念に縛られるのは性に合わない。
自由に私らしく毎日を過ごしたい。
そして、この距離感だからこそ、
優しく愛おしく刺激しあって尽くせるのかもしれない。
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コレに出てくる旦那さんが激しく自分の性格に似ている。
ん?と言う事は?
妻もこの方の投稿に激しく同意したのでメモにして残したのだろう。
と言う事は妻の気持ちもこの奥様と同じだったんだ。だからやっぱりメモに残したんだ。
嬉しい!めちゃくちゃ嬉しい!
妻は自分が愛する以上に、自分の事を理解して愛おしいと思って居てくれたんだ。
嬉しい。
でも気持ちが楽になった分、悲しみが増えてしまった。
苦しみや悲しみや嬉しさ、怒り、諦めなんかの感情ガ同時に起こると
その全部の総量は変わらず、その中で苦しみ悲しみにと変化してるダケなんでは?
なので何かの感情が少なくなると別の感情に同じ量が移動しているだけなんでは、、、

大切な人を亡くした方が原因は市や国にある、と訴えたと言うニュースを目にする時がある。今までは正直、お金目当て?などと言う気持ちでその記事を見ていた。でも妻が亡くなってから考え方が変わった。裁判を起こすにしてもお金や時間は勿論、必要以上に現実を突き付けられる。きっと家族や周りの人はやり場のない悲しみを他人のせいにして心のバランスを取ろうとしているのだと。妻は亡くなってからも色々教えてくれるし考え方の違いを正してくれる。ありがとう。本当にありがとう。