銘々伝

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会津、幕末の歴史や書籍、催し物についてふれているブログです。

『会津会々報』第132号が届きました。私は「会津松平家三代相続の史料的考察」と題する論文を寄稿しております。

本稿では、松平容大の家督相続順位が記された遺言書を紹介いたしました。

8月24日、白虎隊記念館前理事長で元会津若松市長の早川廣中様がご逝去されたとのことです。享年90。老衰によるご逝去と伺いました。

 

 会津若松市政や観光振興などに尽力され、多大な功績を残されました。私も大庭久輔関係資料の寄贈にて大変お世話になりました。

 

 謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 早川喜代次先々代館長のところにお邪魔するうちに、色々とお話を伺うようになりました。史料の写真掲載でもお世話になりました<(_ _)> 飯盛山にあるお蕎麦屋さんでも色々とお話を伺ったり。大庭久輔の遺品寄贈にあたりましてもお世話になりました。

『歴史春秋 第97号』が届きました。私は「『維新階梯雑誌』(十三)」を寄稿しました。

 この号において、阿部隆一社長、間島勲先生の追悼文が寄稿されていました。高齢のため、郷土史家・井上昌威、斎藤哲尉氏たちも退会されました。また、西郷頼母研究家の赤城正男様も他界されたそうです。最後にお会いできたのは、コロナ前だと思います。赤城さんは西郷四郎資料館はどうされたのでしょう・・・・。赤城源三郎さんの息子さんで、頼母執筆時に西郷頼母の戸籍を借りました。有難うございました。

『会津史談 第100号』が出版されます。私が書いたのは「斎藤一こと藤田五郎の生涯(10)」と「会津史談賞受賞者からの寄稿」です。

 「斎藤一こと藤田五郎の生涯(10)」の内容は、

 

(1)藤田時尾の新たなる書状

(2)『取調日記』寄贈される

(3)いろは丸事件

(4)坂本龍馬、中岡慎太郎殺害一件

(5)三浦休太郎との関係

(6)近藤勇の三浦休太郎宛書状

 

です。

 

「会津史談賞受賞者からの寄稿」への寄稿文タイトルは「『會津史談』百号出版によせて」です。

 

 

 30年前の70号の時も寄稿しております。

 

吉海直人教授から「山本覚馬の生涯~会津と京都と同志社と~」をいただきました。どうも、有難うございます。『新島研究第117号』からの抜刷でありました。

・・・・私のことも触れられていました。まだ、枚数的に物足りないとか。覚馬のひ孫の行方が分かればよいのですが。
 三沢市山人記念館学芸員の吉田さんも出てます。廣澤安任執筆ではお世話になりました。『近世盲者鑑』は川崎尚之介にて触れたのを思い出します。
 覚馬の京都復興による受賞の根拠。今回、覚馬はこういうことも行っていたのかと思いました。それなら、受賞対象となり、新島襄と共にというのが起因でなかったとなるものでしょう。