10/26-手売りで広島に帰る。我々ヴェートーベンの故郷であり、原点。広島で多感な時期を過ごしたからこそ【お笑い】と言う道に光を見出せた。
小学校時代にテレビで強烈な輝きを放っていたとんねるずさんと出会い、お笑いの魅力に気づかせてもらった。
中学に入り、恋というモノに目覚める。私青井はその当時太っておりニキビだらけフェイス。さらに勉強も出来ず、運動も特に優れた点は無し。
カッコ良さ、勉強、運動。これがないのだからモテる要素は何一つない。そんな自分が好きな女の子に見てもらえる方法が一つだけあった。
【お笑い】だ。
笑いをとっている時だけは自分の好きな子が自分を見て笑ってくれている。それだけで幸せだった。
私は笑いに取り憑かれた。笑わしたい、もっとあなたの笑顔がみたい、オレを見て欲しい。
そんな風に思い過ごした中学時代は楽しかった。卒業し、好きな子とは別々の高校となった。
高校時代。結論から言うと全然楽しくなかった。
よくある「中学時代楽しいと高校つまらなく感じる。」まさにそれだった。
高校一年の初期にクラス対抗の合唱コンクールのようなモノがあった。全くやる気のないクラスメートとは逆に私はやる気マンマン。指揮者を買って出て表題曲「ヤングマン」に合わせて西城秀樹さんの腕から垂れているソーメンみたいな衣装も自作で作り、指揮者なのに指揮をせずに指揮台で歌うと言う禁じ手をかまして爆笑をかっさらった。
しかし、そこには私の好きな人はいない。
笑いをとってもなんだか楽しくなかった。所謂「目標がない」状態のような感じ。さらに、遅れてきた思春期で目立つ事も恥ずかしく感じるようになり、次第に大人しくなっていった。
部活動もせずにダラダラと過ごしてドンドン太っていった。まわりのノリとも合わず、孤独を感じながらイライラと不安を抱えた毎日を過ごしていた。
高校時代の私青井。あだ名は「主任」でした🏢
そんな日々が続き、気づけば高校三年生。進路を決めなければいけない時期になっていた。高校時代を振り返る。何も挑まなかった自分に気づく。
さらに遡り中学時代を振り返る。何故、中学時代はあんなに楽しかったのだろう?すぐに答えは見つかった。と言うか思い出したのだ
【好きな人を笑顔にしたい。自分を見て欲しい。】
自分の幸せは、存在意義はそこにあるのだと。私は【お笑い】の道に進むことにした。お笑いで売れて、中学時代からずっと思いを馳せているあの子に振り向いてもらうと言う目標をたてた。
お笑いをするために大阪に出た。舞台に立ち、人を笑顔にする為に話し方を覚えて、人に見られることを意識してファッションを勉強して、続ける為にバイトをして少し社会に触れた。
一年が経ち、私は中学時代の好きな子と付き合えた。売れてはなかったが、お笑いのおかげで成長する機会をもらえた。目標を持ち、自分自身を変えようとする毎日は楽しかった。そのおかげで長年の思いが届き大好きな子の笑顔を隣で見る事ができた。
中学時代があり、高校時代があったから、自分の幸せの基準に気づけた。
その付き合えた女の子とは一年程でお別れしてしまった。めちゃくちゃ好きだったから、当分引きずったけど、そんな経験のおかげで恋を知り、自分の幼稚さを目の当たりにし、愛を教えてくれた今の妻と出会えた。
楽しい、辛い経験があるから自分を知り、相手を想像出来るようになるんだと思う。
高校の卒業式。退屈だった毎日に別れをつげてせいせいするかと思ったが、私は友人と卒業生の中で1番最後まで学校にいた。不思議なことになんだかとても寂しかったのだ。
今思うと、お笑いという自分の生きる道を見つけ、広島という故郷から旅立つワクワクと不安が、高校時代という場所をかみしめていたのかも知れない。
自分を楽しくも、つまらなくも出来るのは自分だけ。ただし、ひとりで生きて幸せになれる程私は強くなく、大好きな人に笑っていて欲しい、その笑顔のお手伝いをすることに幸せを感じる。
高校時代を思い出しながら、今回の手売りでも辛い事もあるだろうけれど、我々の挑戦を面白がってくれる大好きな人を笑顔にしようと決めた。
しかも今はひとりじゃない。相方の久保がいる。一緒に笑いを届けてくれる。こんな心強い事はない。
あらためて、10/26-広島に帰ります。11/28(土)【大ヴェートーク♪-】広島公演。初めて挑むトークフェス。WAKOゲバントホール300席を手売りで満席にします。
我々の物語を信じてチケットを購入して参加してくれる仲間、足長チケットで来てくれる児童養護施設やこども食堂の未来ある子供達、ゲストで一緒に闘ってくれる藤本冬香さん、広島ドラゴンフライズ朝山正悟ヘッドコーチを満席の景色でお迎えします。
我々の仲間になってください。あなたの力が必要です。
あなたを笑顔にします。心よりお待ちしております😄


