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猫の新生児の眼に外界からの光を遮断し、10~14日間その状態を継続すると、猫は完全に盲目化する」
という発表がありました。
多くの種で遺伝的に正常な視覚を持って生まれてきても、約2週間以内に光の刺激を受けないと、視覚機能を喪失する事が立証されています。
いったいこれはどういうことでしょうか?


環境から刺激が入ってきた時、脳の中で覚えたり感じたりする神経回路(ニューロン)その刺激の影響で集中的に作られたり、回路の組み替えが盛んに行われたり、学習を成立させる最も感性豊かな限られた時期を臨界期(感受性期)言い、ある年齢までに学習したり、脳にインプットしなければ一生身につけることが出来ない能力があります。
人間の乳幼児の場合、言語系では、生後約6ヶ月ぐらいから神経回路の組み換えが始まり、12歳前後で終わるといわれています。5感の中では聴覚が一番早く胎児の頃からスイッチがオンになると言われており、他の音と比べることなく音の高さを特定できる「絶対音感」に関する「臨界期」は3~5歳から9歳前後(科学的な根拠はなく推論)までとされ、残念ながら幼少期にしか身に付けることがでないことが論証されています。


一方、犬の場合、新生児期は外部からの刺激によって視覚・聴覚・嗅覚が完全な状態となる大事な時期であり、身近な自分の環境を習得する時期でもあります。鼻と眼で兄弟の存在、親の存在を確認するこの時期は、学習にとっても大事な時期であり、この期間中に学習しないと親や仲間の臭い、人間の臭いをかぎ分けることができなくなります。


犬の臨界期
第1臨界期 (0~3週齢)
子犬は誕生してから初めの21日間は常に母親または代理母と共に過ごし、例え母犬が食事をするときでも初めの5~6日はめったに母犬と子犬は離れることはありません。これは子犬が母親に依存しているということだけではなく母犬あるいは兄弟に寄り添うことによって体温が低下しないように保温する意味もあります。生まれたばかりの子犬の体温は初めの1週間は約29.4 ~32.2 ℃です。
子犬にとって最初の21日間は非常に重要で、保温、食事、母犬が舐めることによるマッサージ、および睡眠に専念します。しかし21日未満の子犬は、学ぶこともできないし訓練することもできません。

第2臨界期(4~7週齢)
21日目頃から子犬はよく見えるようになり、聞いたり臭いを嗅ぐことが出来るようになります。これから先の環境が犬の発達に大きな役割を果たす社会化期が始まります。これからの4週間で脳や神経系が発達し7週目までに成犬とほぼ同じレベルのキャパシティーをもつようになると言われています。この時期(4~7週間)に他の犬と遊ぶことは幅広い成長を遂げるために非常に重要となります。7週以前に母犬や兄弟と離すと、完全に社会化できず、他の犬への関心が少なくなり、出会うすべての犬へ戦いを挑んだり、他の犬に怯えたり交配させるのが難しくなります。これらのことからも子犬が新しい飼い主さんの家に行く理想的な時期は乳離れさせる良い時期でもある約8-10週齢であると言われています。生後21日までは学習させることが出来ない子犬に「学習させる最も良い時期はいつですか?」という質問に対する回答は「学べるようになったら出来るだけ早く」です。つまり第二臨界期(21- 49日)なのです。


3臨界期(7~12週齢)
3臨界期である49~84日(7~12週)は人と犬の関係を形成する上で非常に重要となる期間です。この期間は心理的にも感情的にも非常に敏感で感受性が豊かな時期ですので、様々な経験や教育を受けさせるべき時期で効率的に多くの事象を吸収することができます。この年齢では1回に長時間のトレーニングするより15分のセッションを毎日続ける方が効果的です。仔犬が最も社交的になり、訓練し始める最適の時期は5~12週齢と言われています。


4臨界期 (12~16週齢)
このステージになると仔犬は母犬から独立し始め、犬は誰がボスであるかを決めます。本格的なトレーニングを始めることができる時期でもあります。16週齢までに社会化が不十分であった犬は他の犬と仲良くなるチャンスが極端に少なくなります。
犬の社会化期に関する「臨界期」は生後21日~112日(生後3~16週)の13週間と言われており、一生に1度しかなく、この時期に2度と戻ることはできません。この短い期間の影響が仔犬の発育において極端に重要となることを理解しておくことが非常に重要となるのです。



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盲目になった猫は「視覚」の「臨界期」に適切な刺激を受けなかったため、脳(大脳皮質視覚野)の神経回路はその眼に対する反応性を失ってしまい、結果として盲目となったのです。発達脳においてインプットの少ない神経回路が脱落し、多い回路が強化されるというシステムとなっているのでしょう。
臨界期は、一生のうちで1度だけです。「臨界期」までに一度も使われなかった脳細胞は一生必要ないと判断され、臨界期を越えた時点から消滅していく運命となるのです。
実際、遊び道具のない環境で育ったネズミに比べ遊び道具をたくさん与えたネズミの方が脳の神経回路は大変発達し、脳の重量も重くなったという報告もあります。


このように個々の種の多くの機能について限定された絶対期間の「臨界期」があり、その期間中に必要な刺激が存在する事で、その種の親から受けた遺伝によって、親と同じように正常に成育することができます。

例えば鳥が「さえずり」を得るためには3~6週間ほど親鳥や成鳥にずっとついて学習しなければなりません。もし仮に一定期間幼鳥の耳をふさぎ、模倣するための鳴き声が耳に入らないようにすると、その鳥は「さえずり」が出来ず、成長しても仲間集団には入れず求愛も出来ないことになります。またカモ類のヒナが生まれた直後に眼にした動く対象物を何であろうと親と認識し、模倣という自己学習によって動く対象物の後を追って歩くことを動物学者ローレンツが発見しましたが、動物行動学(エソロジー)ではこの現象を「インプリンティング(刷り込み)」と呼びます。つまり動物が生まれ、生育する過程で特定の刺激に反応し、まるで印刷されたかのように環境によって行動を身に付けてしまうことです。お父さんライオンのハンティング方法を見て育った子ライオンたちに獲物を捕食する能力が伝わることも「インプリンティング」となります。この「インプリンティング」が行われる時期がまさに「臨界期」なのです。


まとめ
幼児のうちに様々な刺激を脳にインプットさせた方がよさそうだという俗説が近年の脳科学的研究においても明確になりつつあります。臨界期に関して未解明な部分が多いことは否めませんが、犬や猫においても臨界期に対する理解を深め、適切な時期に脳に適切な刺激を与え記憶させておけば、個々の仔犬の感性を高め、より高いポテンシャルを引き出すことができ、飼い主さんとの生活により順応しやすくなる可能性があります。犬においても「躾」という観点において「早期教育」が重要であることは周知の通りですが、愛犬や愛猫が将来心豊かに育つための畑作りとしても「臨界期」は大切な時期であると考えられます。