息しているだけでお金がもらえるイーッシです。はじめまして。

昨年、障害年金を申請し、受給に至りました。

不可能かと思われましたが、障害年金ネットワークの社労士さんに助けられてなんとか受給でいました。

 

年金って、生活に困ってるからもらうんじゃなくて、生活に苦労や不便があるからもらえるものなんですね。

だもんで、「あー、私呼吸していることがそれ自体えらいから今お金発生しているんだー。息だけしてよー」と思うことが多々あります。

 

今月の目標は、

「嘆かない」

です。

主治医に「嘆くのはエネルギーのむだ。鬱状態はエネルギー不足なんだから、省エネで行こう」と言われているからです。

あと、私は躁鬱混合状態のことが多いので「すっきり爽快に躁状態にならないのは損した気がする」と相談したら、

「なにごとも一長一短で、カーンとすっ飛ばして躁になると、とりかえしのつかない、やり直しのきかないことをやってしまうことがあるじゃない?でも、躁鬱混合だと、そこまでいかないで、元気が出ないから頓挫したりするじゃない?逆に鬱が重くて、何もなくて、ずーっと鬱だとほんとに死んじゃったりするし。でも、躁鬱混合だとそれもめんどくさくなって死ななかったりするじゃない。何事も一長一短だよ」と言われました。

「そういえば、私も宗教の教祖になりそうなことがあったんですけど、具合が悪くなったのと、人間関係が得意じゃないからやめたことがあります」と言いました。

「やめられてよかったよね、ほんと。だから何事も一長一短なんだよ。元気がなくていいこともあるんだよ」と言われました。

 

あと、

「本当に死にたいわけではないんだけど、七割の自分がここにいてはいけない気がして、消えたがっていて、三割の自分はそれはおかしいやめておけと止めているけど家を飛び出してしまったことが先週ありまして」と相談したら、

「じゃあ頓服だしてみるね。症状すぐ変わりやすいタイプだから基本のお薬は変えないんだけど、新薬があって、かなりパンチが効いているからいいかと思って。やっぱり頓服はパンチが効いてないとね。頭の中の三割の人が止めている間に飲んでね」と新しい薬を処方されました。

 

子どものうたう声だけで頭がざわざわしていたので、夫が不在時に飲んだら、効きすぎて、もうろうとしてしまい、夫が帰宅する前に意識を失ってしまっていたので、精神科医の言う「かなりパンチ」という言葉の重みを身をもって体験しました。新しい薬は誰かいるときに飲まないとだめですね。教訓を得ました。

 

主治医は面白い人なので、毎月の受診の内容と、子育てと、自分の親の話を書きたいです。

私の実母は、世間体を気にするタイプの虐待する親で、夫の実母もそういう人です。

私の実母の言動はオリジナリティーがあってパンチが効いているので、エッセイにすると面白いのではないかと人に言われたので、素直に受け止め、ここに書いていきたいと思います。