1日ご一緒して、視覚障害教育についての講習も聞くことができたが、目からウロコの得難い経験だった。自分の持っている世界観というものと、全く違うものがある、と感じた。
目が見えるということは、目から入る情報がたくさん入るということで、しかし、逆に情報が絞られることにより、本当に必要な情報にフォーカスできる気もした。
例えば、見た目はあまり良くなくても、美味しい料理がある。でも、それに対して見た目がよくないという必要があるのだろうか?見えなければ、「あー、美味しかった、ありがとう、幸せ💕」と感じるだけのこと。より、幸せ感にフォーカスできて、より幸せなような気もする😊。
また現代人、とくに日本人は時間に正確に行動するよう習慣づいているが、時計が見えない、と時間に対する意識も緩やかになるようで、微笑ましい。音が鳴る腕時計や触る腕時計もあり、学校では予鈴などある、でも、目が見えない人にとっては移動が目が見える人の視点からすると大変で、「安全に移動する」ことが「時間通りに行動する」より大切なんだと、目が見える人にとっても実は大切なんだと、よくわかった。
だから、介助経験後は歩いたり、自由に動く、ということも見えることと密接に関わっているとわかり、見える→安全に移動できて幸せ✨😆、と幸せ感がとてもある。
これからの未来で、私たちの普段の意識や見識を障害がある人をより受け入れた社会生活に拡張できれば、社会の成員がお互いがより助け合い、より幸福感が高い社会になるだろう。
なんてね〜😁🎵
