この居場所にて | 祈るまえに、恋をして。

祈るまえに、恋をして。

ときどきぽつりと更新。

仕事をしていて
好きだった時間のひとつに
撮影が終わった帰り路って
いうのがあります。

ロケバスの中の静寂。
心地よい脱力感とスタッフの寝息と
かすかに聞こえる音楽。
いくつかの橋を越えるたび
自分たちの街が近付いて
安堵する時です。

一緒に戦って、得たものを持ち帰る
仲間しか知らない時間や事実は
自分の居場所でもあり
喜びの中の一つだったと思うのです。

東京タワーが車窓に映る頃
また前に進もうと思い
流れる街を映し出す車窓の中の自分は
達成感に満ちていたはずです。



ここに苦しかったことばかり
書き連ねていますが
苦しかったことと同量の喜びを
わたしは確かに手中にしていました。
そうでなければ働き続けることは
難しかったでしょう。

98%くらいが地道なことの連続だけど
2%くらいで爆発的喜びが得られる、
どんな仕事もそのようなものですよね。

戦略がどうのとか
あらゆる交渉もその業績も
動いているという実感に
わたしは包まれていました。



わたしが
飛び込んだ業界は
まぎれもなく男性社会。
男性による男性のための
都合よき組織でした。

リキシさんというひとは
父が、結婚するなら
この業界の男を
と望んだ場所の出身で
その中にあっても
とびきり紳士的な育成を
施されてきたひとです。

彼がわたしがいた業界各社と
交流するたび、怪訝な顔で
理解できないね、と言います。
性差がない世界にいた彼にとって
旧態依然とした様への嫌悪でしょうか。




あの頃のわたしは
仕事がおわると
会社の近くで
リキシさんが
後部座席に座るタクシー
を見つけ、すべりこみ
ただいまを言う
そうしてきしんちゃんが待つ
お家までドライブをする。
それが日常でした。

制作会社で打ち合わせをした日は
わたしの髪にまとわりついた
煙草の匂いを嫌悪し
「Vちゃんくさいっ」
と邪険に扱われていました。

わたしは今日のアレコレを熱心に話しては
「君のいる業界はほんとっサイテイ!」
と切って捨てられる、そんな繰り返しです。

わたしは少しづつ、心のうちを吐露し
やがて吐き出すように愚痴をこぼし
「だっから辞めなさいよ!」と必ず言われ
「はいはい、ほうれすか、ほうれすね」
と言いながら、リキシさんの肩を枕に
だらしなく眠りに落ちてしまう
というのが常のことでした。

車窓に東京タワーが映ります。

「あなたはね居場所を間違えてますよ」
そうつぶやく彼の声を意識の遠いところで
よく聞いたものです。



もう、この場所が居場所ではないと
思ったのは、自分の愚痴が
止まらなくなってきた
というのもひとつあります。
潮時だなと自分で線を引きました。



心のどこかで
最後の仕事にしようと
獲得した業務があります。

あの街で開催される
小さくてかわいい
とびきりガーリーな
イベントでした。

普段なら部下にまかせて
携帯を握りしめ
近場でコーヒーでも
すすっていますが
その時わたしは現場の隅に
立ち続けました。

この目で見ておきたかったのです。
最後まで。自分がしてきたことを。
だから、深夜の撤去作業も
外される足場の一つ一つまで
丁寧に見ていたと思います。

仲間がひとりふたりと
挨拶をしては消え
会場は跡かたもなくなり。
終電を逃した酔っ払いが
時々よろめく足取りで通っていきます。
わたしもさようならを言って
その場所を後にしました。

通りをはさんだ向こうには
リキシさんが乗ったタクシーが
待っています。

シートにすべりこむわたしは
リキシさんにただいまと
「辞めるね」を伝えました。
「いいよ、辞めようね」と言ったころ
タクシーは動き始めたことを
思い出します。



“辞めて後悔していないか?”
と聞かれたら後悔してないと
答えると書きました。
戻りたいなどと未練のようなものは
ないからです。

“辞めてよかったのか?”

と聞かれたら、そのニュアンスは
わたしたちふたりに時々複雑な感情を
呼び起こすことがありました。

“あの頃のわたし”との対比で
“何者でもないわたし”に
わたし自身に時々耐えかねる
ということが度々あったのです。
後悔はないけど
“いいかどうか”なんて
わからない。そんな感じです。

何者かであらねばならぬ
もしくは
何者かにならねばならぬ
そう煽る業界にいたと思います。
それは辞めてからなおさら強くなる
その真価を問われるような
それこそが生きる幸せのような

そんな価値観がある場所に
わたしはいたのだと思います。

だけどわたしは
何者になろうなどという気力はなく
ただ時々感じる焦燥感を
持て余していました。

リキシさん、わたしは
何者でもなくって
それであなたはいいの?
こんなわたしで。





その日リキシさんは講演会の
檀上の人であり、きっと忙しくて
病院に来ることは
無理なんだろうと思っていました。
わたしはERの待合室で
ぼんやり座っていたと思います。
その入口に彼を見つけた時は
わたしはすんごく痛いのに笑っていました。

診察室から医師に
ご家族の方をと言われ、
入ってきたのはリキシさんです。

シュジュツはコワイで頭が
いっぱいになりながら
診察台にちんまりすわる私とは対照的に
医師と対峙する彼は
リスクに関する説明をうけ
手術の承諾書にサインをしていました。



脈略はありませんが
なんとなくその彼の姿に
会社を辞めるまでの2年間
会社を辞めてからの2年間を
想いました。
この人が背負って来たものを想い
この人と話し合って決めてきた
今の居場所はいいものだなと
想ったりしました。

あの小さな臓器は
焦燥感をも道連れに
息絶えてくれたのでしょうか。

わたしがいた病院から
東京タワーが見えます。
わたしは何者でもありませんが
彼が住まう街の
病院にてそんなことを考えていました。