ブログをお休みする
そんな意識もなかったけれど
なんて言えばいい感覚なんだろう。
頭がぽっかり、
真っ白になったような感じ
そんな感じで日々を過ごしていた。
頭に浮かぶ、色々な考えを
文字に変換していても
途中からとりとめもなく
頭の中から文字が
こぼれ落ちるような。
ぽっかりと真っ白な
わたしのあたま。
君は人生の踊り場に着いたんだねと
言われたのは会社を辞めた時。
むかし残業する深夜のオフィスで
こんな業界、40歳で
自分の仕事のピークが来るから
そのタイミングで退職できたら
幸せだなぁと思った通り
40歳で、好条件のうちに会社を卒業できた。
一つの場所に行きつくまでの
「自分」というものを味わいつくし
その居心地の良い場所に、未練もなく
もうこれ以上居続けたら惰性が始まるよな
という寸前にわたしはするりと
その場所を、その役割を捨てることができた。
捨てるとは言葉が悪いか。
抜け出た、登ってきた階段が
ひと段落、終わったという感じ。
踊り場についた途端
だからといって
期待する別の世界が拓け
見えるなんてことはない。
わたしはそこで
それまで登ってきた
40年分の階段を眺めては、
ただただ1年近く、
ぼんやりとでもしつこく
幼少期からいろんな事を思い出し
そのシーンを勝手に
文章にまとめこのブログを使って
整理してきた。
わたしにとって一つ一つの記事は
まるで一枚の絵のようで。
その踊り場に美術館のように
「わたし」を並べ続け、
その解釈を曝け出し
時に並びの順番にこだわり
絵を入れ替えたりする。
新しい世界に目もくれず
過去の整理だけを
黙々とこなしてきた。
そして、ある日
わたしのあたまは
ぽっかりとまっしろに
なったように思うのだ。
無駄な思考も執着も消え
自分の主張みたいなものが
ごそりと抜けて
特段こだわりもなく
物事に理屈をこねまわすことも無ければ、
理が勝りすぎることもない。
垢がなくなり、
まぁ馬鹿になったような。
寝起きの幼女ような
ぽかんとした
そんな自分になっていた。
先日、きっかけがなんだったか
もう忘れてしまったけれど
「わたしはね、踊り場にいる人だから!」
とリキシにむかって言ったら
鼻で笑われた。
あんたさん、もうそこ出てるでしょう。
へぇぇぇと思うわたし。
わたしは「過去のわたし」を
並びたてた踊り場を出て
どこかに向かう階段を上りはじめて
いるらしい。
へぇぇぇと思いながら
その踊り場が思いの外
楽しい場所だったなぁと
思ったりして後ろを振り返る。
でもやっぱり、とりとめもなく
言葉が頭からこぼれおちていく。
やっぱりわたしは
すこし馬鹿になったらしい。