姉兄妹 | 祈るまえに、恋をして。

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ときどきぽつりと更新。

『三つ子の魂、百まで』
(幼い時の性質は、老年まで変わらない)
ということわざがありますね。

人は幼い時、
親から受けた教育により
それから先の人生観の“土台”が
できるのだろうと想います。

私たちは、
同じ両親の血を分けて生まれ
同じ環境の中に育ちました。
多少、時系列的な影響差は
あったかもしれませんが。

おもしろいのですが
同じ教育方針で育ってきた4人は
性格はちがえど
根本にある価値観は
よく似ているように思うのです。

分別や生活の基盤となる社会性も
親から教えられた範疇の中にあろうとします。
あろうとするがゆえの葛藤やその解釈は、
姉、兄、妹それぞれ。
あの家族を悩ませた姉でさえ、
矛盾はありますが、どこかそんな風に
親の教育を背負っているのです。

だからといって誰一人
同じような性質にはなりませんでした。
両親はきっと同じように努力し
育てたつもりだと思いますが
この4人の子供たちの本質は
それぞれにちがうのだから当然です。

父は長女の器用貧乏を憂い
「もっと自分の才能の対価を求めなさい
もっと自分をうまく売りなさい」と説きました。
そう彼女は何事も真面目に取り組み
周りから頼られ、仕事を抱えてしまいます。

父は次女の弱さを憂い
「親離ができない、
一人では生きていけない弱い子供がいる」
とかばっていました。
そう、彼女はその弱さゆえ
自立ができない人でした。

父は兄の優しすぎる一面を憂いました。
経営者の父にとって学者肌の兄は
商売人としての気質が薄く
いつまでも机上の空論を話す人に
見えていたようです。

そしてこの私の生活の破綻を危惧し
どうか、足るを知り生きて行くようにと悟し
離婚後の生活を見守ってくれました。

父には、子供たちの本質が
見えていたのだろうと思います。

私たち4人の違いはなんだろうと考えれば
このような“本質”の違いと、
育ちゆくなかで、
「親」や「愛」や「幸せ」についての
とらえ方がみんな少しづつ
違っていたのかなぁと思うのです。

それぞれに道を選んだ姉兄妹が
もうあの頃の、家族に戻ることは
ありませんが
このサークルの中に生まれ
影響しあい、学んだことが
たくさんあったなぁと思います。

切れない縁
きょうだいとは
そのようなものだな
と思ったりするのです。