希望の業界に入ったからと言って
自分の入社動機であった、
そのポジションで、働けるわけではありません。
仲良くしている後輩の女の子。
これから会社の中堅に育ちゆく世代。
今まさに、毎日が修行のような時間。
彼女が大げさにつっぷします。
「あんな部署嫌ですよ。絶対嫌。
やりたい仕事をやらせてもらえないから
転職しようかな・・・そう思うんです」
「vertd'eauさんはいいですよ
この業界っていう仕事ばっかりして。
私なんか、この業界の仕事してませんよ」
「まぁまぁまぁ・・・」
人事異動って、確かに人生を変えますよね。
私、充実した時間を送りたいのに、
こんな仕事でくすぶってていいの?
私ってアンハッピー?
人生やりたいことをやろうよって
雑誌にかいてあるじゃーん!」
みたいな。
私は、普通の人が3回程度の異動を
するところ、7回部署を異動しています。笑
若いころの私は、
希望部署との交渉、希望職種への熱意を
綿々と語りますが、夢叶わず、いつも希望外。
それどころか性格的に合わない部署にばかり
よく異動させられました。
ジョブローテーションの女王と呼ばれるほど。
なぜこのようになったか?
一つの要因は
昨日書いたセクハラ上司からの復讐。
のちに役員まで上り詰めた彼は
私の希望通りの異動を本気で
阻止していたそうです。
二つ目の要因は、
組織の中にあって、私の“我”の通し方が
その時代、強すぎたこと。
意志的すぎて、社風にあわず、マネジメントには
生意気で使いづらそうな女性と思われてしまいました。
華やかな業界にあって、
日陰のような部署ばかり配属された私。
地味で、単純作業で、営業の使いぱしり。
クリエイティブ性を求めて入った会社で
まったく関係ない世界。
よく泣きましたよ。
「こんなはずじゃなかった!」って。
ポーカーフェイスが保てないで
辞めてやるとも騒ぎました。
でもね、小さな娘がいましたから。
辞められるわけがない。
で、心を入れ替えたわけです。
その部署に入り込んでみよう。
異動は希望を出し続けるけれど
その部署を支えている人たちから
ちゃんと仕事を学んでみようと。
その地味な部署の仕事をこなし続けましたよ。
あと夜間の大学に通ったりして
やりたい仕事を理論をもって説得する
レポートを作ったりしていました。
休日ね、家族でにぎわう千葉県柏駅の
コンコースの柱なんかも拭きましたよ。
ポスター貼ってもらうのにね。
一人で行って、雑巾と脚立とポスター持って。
あー魚屋さんに朝の6時に行って
魚のパックにシール貼ったりもしてましたね。
発砲スチロールをかついでました。
なんの会社だ?って感じですが
そんな毎日を過ごしたのです。
かっこいいばかりじゃない。
仕事を得ていくプロセスは
そんな地味なこと、不本意なことの連続。
その土台があって
会社と交渉し続け
人を巻き込んで
やっとここまで来たのです。
入社8年目を迎えるころ
やっと、自分の希望の仕事を
社内で得ることが出来た時
自分が不遇だと思い続けた歩みや、
そこで学んだ仕事の内容は
自分の血と肉となっていることが
よくわかりました。
素直に学ぶという姿勢が
自分にあれば、
もっと楽にこなせたかもしれない8年。
そんな想いです。
くだんの彼女。
不遇な人事なんて、まぁなかなか無いかもよ、実は。
ところでさ、女性誌によくある
「やりたいことだけやって生きていく、ワタシ幸せ」
みたいな記事ね。
あれは・・・どう解釈するものかしらね。
なんかおさまりが悪く感じるのは私だけかしらね。