分岐点 出産を決めたとき | 祈るまえに、恋をして。

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ときどきぽつりと更新。

昔、雑誌のインタビューに
女優のイザベル・アジャーニが

「女性が最も断ちがたい誘惑は?」というの質問に
「間違った相手と、間違った役割を演じながら、
間違った関係を続けていこうとすること」
と答えていた記事が今も私の手元にあります。

私はその頃、大好きな男性がいたのに
“片思い”の苦しさに耐えきれず
他の人と恋をしたように装い
子供を作り、出産し、母親という役割を演じ
家族を作ろうとしていました。

離婚をする前の私は、
 イザベルのいう「誘惑」のただ中にいました。

20年もの間、ある男性に片思いをし、
その片思いは、自分が思う以上に
私の行動に一つ一つにからまるように、
影響し続けました。
来る日も来る日も、会社に向かう階段を
のぼりながら、心の中で「おはよう」を伝え
いつか偶然に会う日を想っていました。

18歳で出会ったその人に、私は24歳の夏の終わり
振られてしまい、自暴自棄になりました。
寂しさに負けて、想いのまま、私は行動していました。
自分の体に彼以外の男性の子供が宿っているとわかった時
私は、やっとこれでその片思いから逃れ、
違う自分として生きていけるというような
妙な安心感を得たのを覚えています。
自分の人生をあなどった行動だったと気がつくのは
もう少し後の話でした。

結婚前の妊娠。正直結婚をしようとは考えていませんでした。
ただ、このお腹の子供は世に出そうと責任感がありました。
この子供が自分の人生を変えてくれるような気がしていました。

思いのほか妊娠生活は苦労の連続です。
通勤電車では立っておれず、よく途中下車を。
あげく、会社で出血してしまい流産しかけてしまいます。
入院した病院の診断はで
ハイリスク出産に分類されました。
あまり丈夫ではない子宮と私のRHマイナスの血液に
その原因はありました。

出産できても子供に障害が残る確率、母子ともに死亡の確率
など、エコー室で大勢の先生方を目の前に説明を受けたことを覚えています。
「このリスクを認識した上で生むのか、生まないのか?」という質問をされ、
24歳の私は、押さえても押さえても
手足が震えるのを止めることができませんでした。

情けないことに、私はそこで初めて本当の意味で
自分の命を感じ、お腹にいる子供の命を
重みをもって感じることになりました。

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今のパートナーの毎日の努力で
私はこの片思いの呪縛から解放され
自分に自信を取り戻し、人を信じることを
覚えつつあります。
もう、毎朝、心の中で「おはよう」と伝えることは
ありません。

娘はここまでの話を知りません。
でも、彼女は確かに私の人生を軌道修正するために
私のもとに来てくれた人物です。
宝物であり、最高の友人であり
私が全力で守るべき存在として15年をともにしています。
この幼かった母親を、支え続けた恩人です。