娘との二人暮らし プライオリティ | 祈るまえに、恋をして。

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ときどきぽつりと更新。


2才の娘を連れて二人暮らしがスタートしたのは27歳
養育費ほか金銭的なフォローは受けませんでした。
離婚は私の意思でしたから。

娘を育てるのに優先順位を考えなくてはいけません。
経済基盤形成がプライオリティの第一位になりました。
それでも・・・
最初は給料が少なくて、月末などは
280円の豚小間切れ肉が買えないほど。
母子家庭の貧しさの中に私たちはおりました。
月末は家にある小銭をあつめてスーパーに行きました。

一方で職場は華やかです。。
同世代のみんなは夜な夜な、六本木や銀座に。
私は会社、保育園、家のトライアングルを
行き来していました。
寂しくなかったといったら嘘になる
華やかな時代だったのです。

朝はAM5:00に起き,会社は早くて21時に終え
保育園に走ります。
そのうち仕事がエスカレートして
保育園のお迎えはベビーシッターにお任せ
私の帰宅は毎日AM4:00くらいに。

ある朝帰宅し、朝日に浮かぶ自分の手のひらに
黄疸が出ていたことを覚えています。
人事から業務改善勧告が出されても
目の前の仕事に罪はなく、
家に持ち帰っても仕事していました。

給与がいいとは言え、私のいた世界は
そんな不規則で無理を通す労働環境でした。


私の幸せの定義は「娘が毎日生きていること」であり
「今日食べるお米が買えること」になっていきました。


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見目麗しいスピリチュアルライフ

私の自宅の庭。二階から撮影。
いつも庭師さんがお手入れに来る
豊かな家でした。

豊かな家で豊かに育った私が
我が娘に同等のものを与えることができない
このことにしばらく私は苦しみました。