篠弘著「疾走する女性歌人 ―現代短歌の新しい流れ」 (集英社新書) | 短歌初心者 萬葉集 読書

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篠弘さんの「疾走する女性歌人 ―現代短歌の新しい流れ」 (集英社新書) を読んだ。


きっかけは1月21日のオープンカレッジである。


この時に私の出詠歌の添削に際して大塚先生は二度「現」の文字をご使用になられた。

一首目は「現在では」、二首目は「現代短歌では」と言って添削していただいた。

この「現」が気になった。



そこで中部短歌会のホームページにある「春日井健百選」を読んでみようと思い立ったが


歯が立たない。(作風が合わない)


次に小高賢さんの「現代短歌の鑑賞101」を読み出した。


読んでみて分かったのは歌人によって合う、合わない、があることであった。


合う歌人は比較的女性が多い。


そうこうしている間に見つけたのが篠弘さんの「疾走する女性歌人 ―現代短歌の新しい流れ」


である。


この本は一気に読めた。


特に気に入った部分だ。(P43から引用)


  では、現代短歌のリーダーシップをとってきた塚本邦雄が、この俵をいかに見守って


  きたかというと、意外に厚意的であった。「浮薄短歌(ライトバース)から真正詩歌


  (ライトヴァース)へ―LとRの間」(「短歌」年鑑87年版、8612)では、俵の〈ブライダル・


  べールという名の植物を窓辺に吊す我が青春忌〉を引き、ここには「新人類的な


  浮薄さは全くと言つて良いくらゐ認められない」と述べていた。この「『青春忌』は


  ふと寺山修司の初期作品を違想させるやうな初々しさがあり、『窓辺に吊す』にも、


  いささかならぬ陰翳を添へてゐる」とし、観葉植物のブライダル・べールを詠み込ん


  で、かのゴージャスなべールを僭称したおかしさに、塚本もうなずいていた。


  そのうえで、話題になった〈愛人でいいのとうたう歌手がいて言ってくれるじゃないの


  と思う〉について、これは「素材になつた流行歌の世界でも、もう二十年は昔の感覚


  ではないか」と戒め、通俗に堕ちないように励ましていた。




引用した部分は「第1章 あの『サラダ記念日』が、賛否相半ばした歌壇」からだ。


著者は俵万智さんのデビュー時の波紋、歌壇の評価からこの本を書かれている。


「俵のみずみずしい女歌が、歌壇にスムースに容認されていったわけではなかった。・・・


思い切ったライトな、軽い口語を駆使することに、むしろ拒否反応のほうが強かった・・・」



この本を読んで自分が今後どういった歌を詠むか迷っている。




以下はWEBから引用


出版社/著者からの内容紹介


20世紀は短歌が日本文化内で「再誕」した時代であった。本書はその中心を担った女性歌人


たちの半世紀に焦点をあてた初の新書である。30人にのぼる女流歌人の描く時代、自立、愛は


圧巻である。



内容(「BOOK」データベースより)


20世紀は短歌が日本文化内で「再誕」した時代であった。特に盛況を迎えた60年代から80年代


前半において、その契機となったのは、ジャンルを超えて活躍しはじめた女性たちの力であった。


万葉以来の伝統を誇る短歌の世界に、彼女たちが及ぼした影響はなんであっただろうか。みず


からの身体で感受した美意識が、重い社会のくびきから何を解放したのだろう。本書は現代短歌


に挑戦しつづけた女性歌人たちの作品を、通史として歴史のダイナミズムのなかで俯瞰する、初め


ての試みである。30人に上る女性歌人たちの作品が奏でる調べは、哀しく愛しく美しく読者の胸に


共鳴する。