いつもの帰り道。
いつもの交差点を渡る為に、横断歩道の押しボタンを押そうとする手が止まる。
いつもの様にこの押しボタンを押す必要は、もう無いんだと思い出す。
いつもの押しボタンを押して横断歩道を渡り
よく吠える犬がいる赤い屋根の家の前をちょっとだけビビりながら通り過ぎ
コンビニの角を曲がった先にあるホームのゲームセンターに様に寄ってから家に帰る必要はもうない。
いつもの寄り道はもうおしまい、
今日からはこのまま真っ直ぐ家に帰ろう。

かつて無いほどに没頭したゲーム、ガンダムトライエイジ。
初めは訳も分からず、バーストも、アビリティも関係なくカードを組み合わせて
コンピューター相手に勝った負けたと一喜一憂。
程なくして、大きな僥倖が訪れる。
全国レベルのプレイヤーの方達との出会いだ。
本当の偶然で、店舗で一緒になり声をかけていただいた。
その方達に刺激を受ける形で、対戦の楽しさに目覚め、店舗大会に参加するまでになる。
大会に参加すると、さらに多くの方々との出会いを経験する。
それがまた、新たなる刺激となりどっぷりとトライエイジの沼にはまっていく。
暇さえあればトライエイジのカードを引っ張り出して
スマートホンで検索して自分色のデッキを組む。
プレイや対戦中は当たり前と言えば当たり前だが楽しい。
しかし、このデッキを組む時間と言うのは、これはこれで何物にも代え難い楽しい時間となっていく。

そんな楽しみに溢れた生活は数年に渡り続き
帰り道にトライエイジをプレイする事ができたり
休みの日には店舗大会に参加したりと
当たり前の日常が過ぎていた。
いや、当たり前だと思っていただけだったと言う方が正確だ。
何度か噂にはなったりする事もあったが、その度に新しいシリーズのリリースや新機能の追加など
明るい話題が出て、それはかきけされていた。
だが、その時はヒタヒタと静かに、ひっそりと近づいていたのだった。
報せは突然に。
稼働終了の告知が運営側から発表され、胃袋を掴まれひっくり返される様な衝撃だった。
当たり前と思っていた「日常」は薄いガラスの上にあった仮初の安定か、
あるいは砂上の楼閣だったのか。
告知から月単位で時間はあったものの、体感ではあっという間に稼働最終日となった。
トライエイジ稼働最後の日は
思い出のデッキでコンピューター相手に戦って、
一番対戦したプレイヤーと最後の対戦をし
筆舌に尽くし難い想いを抱いてホームを後にした。
その時から今に至るまで続くこの感情。
そう、もう何年も経験していなかった、
だが過去に何回か経験しているこの感情。

この気持ち…、まさしく失恋だ!

トライエイジに恋をしていたのか?
ガンダムのゲームに対して、どう考えても恋などではなかろう。
だが、今のこの気持ちはまさに失恋そのもの。
人を想うのと同等な位、真剣にゲームと向き合っていたのだ。
他人から見れば、たかがゲームと思われるだろう。
だが、たかがゲームとは言え、そのたかがゲームを中心として生まれた
得難い出会いや、人と人とのつながりを数多く経験してきたが故の失恋だと気づいた。
無論、ゲーム稼働終了でそれら全てが失われる訳では無いのはわかっている。
だが、感情というものは理論や理屈の先にあるもの。
他方、辛く苦しい感情と同じくらいの強さを持つ感情が同居している。
今まで幸せだった時間や人との出会いや繋がりへの感謝の念だ。
それら万感の想いを心に抱えて明日の帰り道
いつもの交差点は渡らず真っ直ぐに歩こう。
明後日も、明々後日も、そのまた次の日も。

悲しさを 自分への強さに変えて
今よりも 強く 強く  先へ 

少年が叫んだ夢、今もまだ鳴りやまないから、
何度でも!立ち上がれ!
We are endless fighters!!

Don't close your eyes 標的を狙え
boost up ギアを上げて 
胸の鼓動に合わせ 
Get GUNDAM に乗って
トライエイジ!未来を手に
弱さ、迷い捨てて
GTA飛ばせ思い!今!!!