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SとMについて

Mは自虐的である事に鑑み、自らを虐げる要素はSであるとも言えるだろう。


攻められる事に快感を覚えても、勝手に攻められる訳ではなく、自ら自身を傷つけてくれとお願いするんだから、自分を攻めたがっているとも言える。


MはS


じゃあSは?というと


自身の良心に背く行為を取る事により快感が得られるわけだから、その要素はMであるとも言えるだろう。


人を攻めて傷つける事により得られる快感は、自分がされたらイヤだという認識の元に得られる感情なのだから、自身の内面を傷つける事により快感を得ているとも言える。


SはM


つまり双方精神面では受動的にある常人。


ではSとMの二極化は身体、精神との分離にあるのだろうか。


普遍的には身体的なS、Mに分離されるが、精神的には逆なのである。


しかし、心身の完全な分離は図る事が出来ない。


何故なら、身体的なMは他者に攻めを懇願し、自らを攻める命令を発するからである。


仮にMがM自身の手で攻めを行った場合には、MとSとの融合がなされる。


この時、もはやMの内面にあるSは潜在的な要素ではなくなるのである。


何故なら、Sが自身を攻めた場合もSでありながらMであるからである。


このSとMとの融合性質を、「神の背中」と名づける。



って今サディストで検索したらwikiが掛かって読んでたら、どうやらこれは既出のようです。


「サディズムとマゾヒズムは表裏一体である」という主張が当てはまるようだ。


ですって。



世紀の発見かと思ったのに、どうやら俺以上に変な人間がいるようです。


こんな下らない考察に貴重な時間を削って楽しいんですか?


でも、俺だってヒント無しに自分で考えたんだから、先人に並ぶ位置、立場にある筈です。


いや、先人は既にこの先を考えてるか。


真理に辿り着き悟りを啓いた可能性もあるな。


見えたんかな。あの光が・・・。

しゃっくり

この世に蔓延る煩わしき悪の化身



人の自由を奪い、声を奪い、咽喉の奥深き闇からその



笑い声を引きずり出す



その悪魔を人は「しゃっくり」と呼ぶ



時は人を待たずして一瞬で朝を奪う



しゃっくりは人を待たずして一瞬で俺の全てを奪う



何もかもを



大切にしてきたもの全て



人も



俺の心も



善悪さえも奪い去る



全てを奪われ、遊ばれた孤独の欠片さえ残さずに…



すべてを…



ただ…



奪い去る

ヘッダ画像変更

ヘッダの画像を春バージョンに変更しました。



パパっと3分程度で作ったので簡素です。



淡い水色の花を入れたかったけど、バランスの問題でやめておきました。