皆さん、お久しぶりです。
父の死後、それを理由にして、倦怠を楽しみ、味わってここ二年間を過ごして来ました。今、その倦怠にも飽き、ようやく現実世界に戻り、翻訳を始めた次第です(もちろん、僅かばかりの時間を利用しては、こつこつと翻訳作業を細々と続けてはいましたが……)。日々、社会生活に追われ、それを強要されて生きている人々(極めて、まともで普通の人間です)には理解できないかもしれませんが、この二年間あまりの非生産的生活は、私にとって実り多き時間だと思います。
何が有意義だったかといいますと、かつて自分が抱いた“野心”や“無意味なこだわり”を完全に捨て去ることができた点にあります。分かりやすくいえば、古き時代に抱いた“他人によく思われたい、評価されたい”という願望が、“神によく思われたい、評価されたい”というものに変わったことです。「誰からも認められず、評価されずとも、神は常々、温かい眼差しで自分のことを見てくださっている」、そう思うだけで、私の心は満たされ、幸せな気分になるのです。
エリコ・ヴェリッシモの『野の百合を見よ』という作品の中に、次のようなフレーズがあります。
E, quando o amor ao dinheiro, ao sucesso, nos estiver deixando cegos, saibamos fazer pausas para olhar os lírios do campo e as aves do céu.
お金や成功のために人を愛して、それによって盲目になってしまうような時には、野に咲き乱れる百合や、空に羽ばたく鳥たちを眺めるために立ち止まるということを思い出さねばならないわ。
まさにこの二年あまりの時間、“野に咲き乱れる百合や、空に羽ばたく鳥たちを眺めるために立ち止ま”っていたのだと思います。
“頑張る”(この言葉は大嫌いです)ことをせず、あるがままの自分をリスペクトしながら、翻訳に取り組んでいきますので、皆さん、温かく見守ってください。よろしくお願いします(ホームページ http://erico-verissimo.weebly.com)へのご来訪を心待ちにしています)。

