ここでようやくこの
項目の本来の目的である
母方の伯父の話に
移ります。
母の生家に
母方の祖母と住む
伯父は
アルコール中毒の
暴力的な性格の人物
趣味だったのか
日本の妖怪や悪霊など
心霊関係の話に詳しく
当時珍しい
現在の貨幣価値で
¥2000前後はする
フルカラーの
口絵のついた
3冊ほどの続巻のある
心霊写真集を持っていた
伯父は親族からも
この性癖をあまり
快く思われておらず
嫌がられていてこういった
心霊関係の話をする
相手に恵まれて
居なかったといい
気晴らしのためなのか
子供にそれらの話をして
怖がらせるのが好きでした
幼少時代の私は
記憶に残る限りでは
伯父からあらかじめ
草木も眠る丑三つ時に
ついての話をされたあと
決まって真夜中の
丑三つ時、つまり
深夜2時ごろになると
私はむりやり起こされ
伯父は腕力に任せて
強引に私を座らせると
空が薄明るくなるまで
心霊関係の話を延々と
恐ろしげに話し
怖がっている私を見て
楽しむということを
何度もくり返して
いました
この伯父の行為は
義理の祖父の持っていた
民間信仰や
近親者の中では
唯一だったらしい
クリスチャンの母からの
キリスト教の知識とともに
私の人格形成に非常な
影響を及ぼして
しまいました
私たち兄弟の
幼少時代において
空想的なものが好きな
幼少の兄は逆に
伯父のこれらの
心霊関係の話を好んで
聞いていたいう
結果兄は
話の合う相手が
欲しかった伯父に
とても気に入られる
後に兄は伯父の持つ
心霊写真集をとても欲しがって
せがんで受けとり
兄自身のものとして
生家の薬局に持ち帰ると
たいへん怖がって
嫌がり逃げる幼少時代の
私を捕まえて押さえつけ
むりやり心霊写真集の
ページを見せ恐ろしい
祟りの話を聞かせ
強いトラウマとして
私に焼き付けることとなる
伯父はお気に入りの
兄とは別に
極めて愚鈍だった
私をことのほか
嫌っていて
伯父と私以外
だれもいない時に
私を強い腕力で捕まえて
お前は生まれて来ては
いけなかった呪われた
鬼子(おにご)なんだよと
忌々しいと吐き捨て
ことあるごとに
気にさわるらしい
私に暴力で当たり散らして
いました
腕力だけでなく
物を使って殴られる
こともよく有りました
伯父は狡猾なことに
それらの暴力を
もっぱら伯父と私以外
だれもいない時に限って
隠れて行うのでした
内容が私に関する説明の
項目と重複しますが
私は性的に早熟で
5才の時に偶然が
原因となって
自慰の行為を覚え
それを伯父に見つかり
とがめられて
私の自慰の行為のその度に
定規で激しく殴る虐待行為を
続けるるようになり
私のこの自慰行為の対処法を
家族に伝えたらしく
私は生家の薬局でも
主に義理の祖父から
伯父と同じ定規を使った
暴力による制裁を受ける
ようになりました
もっとも7才くらいになり
私が小学校に通学する
ようになると
むりやり両親に
連れていかれていた
母方の祖母の家に
私が行くことは
少なくなって
行きましたが
それでも学校の
春夏冬の休みの時期には
毎度のように連れていかれ
逃げ場もなく拘束されて
生活させられていました
その頃の自分にとっても
母の生家はすぐにでも誰かに
救い出してもらいたい
完全な牢獄でした。
関心が無かったため
時期的なことはあいまいで
はっきりしませんが
母方の伯父は
たしか私が20代半ばくらいに
肝臓癌で亡くなったと聞いています。
その後10年くらいでしょうか
母の生家では母方の祖母が
独りで暮らしていましたが、
重い認知病になり
転院をくり返して
専門施設で亡くなった
ことは母方の祖母の
項目でも書きました。
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□実母
発達障害者の母方の祖母に
育てられたためか
表現しにくいが
基本的に身勝手で極めて
自己中心的で他人に
無理解で関心がない。
なおかつ直情的で
精神的に不安定。
そして近親者からの伝聞ですが、
若いころにキリスト教カトリック派の
洗礼を受けていたらしい
その後はカトリック系の幼稚園で
教諭をしていたらしい
母は私物としてカトリックの
祈りの言葉が書かれた本を
1冊だけ持っていた
特徴的なのは時おり
性格や言動が別人のように
変わってしまうこと。
それらの異常行動は
子供の私たち兄弟にも
明らかに異常な
言動から察するに
私と同じく
コミュニケーション障害を伴う
発達障害者でおそらくは加えて
解離性人格障害を伴う
統合失調症のようだ。
実母は明らかに別人格と解る
少なくとも3つの
優しい家政婦のような人格
極めて身勝手で無理解な人格
理解のある教育者の人格
を持っていて
それらの人格の中に
私が幼少時代から
中学校ぐらいまでの期間に
ごくまれに出現していた
理解のある教育者の人格
この人物から幼少期に
家庭内外でストレスを受けて悩む
私は時おり興味のままに
キリスト教の知識について
基本的なことを聞き覚え
困ったときに唱えるように
祈りの言葉も教えられていた
祈りの言葉は覚えることが
むずかしかったが
母の目を盗んで
普段触れると怒られる
祈りの言葉の本を
何度も確認して
なんとか覚えこみ
数ヶ月くらいでしょうか
精神的なストレスを
受けたときに
唱えていましたが
あたりまえですが
効果はなく
そのうち忘れていきました。
ですがこの教育者の人格から
聞いたキリスト教の知識は
キリスト教への
強い興味関心となり
それらの知識に触れるうち
私自身の存在の枢軸、
精神的な支柱に
なることになります。
ここで母についての
特に目につく
異常行動の話を
書きます。
母はこれらの
別人の性格や言動を
見せるとともに、
とくに際立った
異常行動として
会話の不成立が
あります
母は人との
会話中に
会話中の相手の話と
まったく違う
母自身の話したいことを
一方的に話し続けることを
ひんぱんに行うため
家族の全員がよく
立腹していました
さらに母の特徴的な
異常行動として
衣服に対して極めて
異常な執着を見せ、
友人知人からたびたび
衣服をもらい受け
まれに大きなゴミ袋で
3個を超える大量の
置場所に困るほどの古着を
家庭内に持ち込む。
さらに、
ことが私の衣服となると、
激しい異常行動をくり返す。
私の衣服に意見し脱がせ、
まれに加えて取り上げる。
そうして私から取り上げた衣服や
私に無断で取り上げた衣服を
兄に与え使用させる。
さらに言動から察するところ
実母自身が記憶していない、
実母による私の履き物も、
靴も含めた衣服を
隠したり捨てる行為をする。
まして異常なことは
私は衣服のうち主に肌着に
自分の名前を書いているが、
そうやって名前を書いている
私の肌着を洗濯する時に、
実母は、兄が使用する肌着と
私の肌着を少しづつ
入れ替えて行き、
完全に交換してしまおうと
することを
私が幼少期のころから
絶え間なくくり返している。
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