一年 | heavy low tension

一年


震災から丸一年が経ちましたね。

私の住む所でも黙とうをささげるサイレンが鳴り響きました。



ここ数日のテレビの特集やtwitter上など多くの記事を目にしながら、震災の悲惨さもさることながら、思いを寄せること、共感することのむずかしさを考えさせられました。


私は九州出身の為、震災後もあまり影響は受けず(その頃抱えていた仕事には多大な影響があったのですが)、過ごしました。

そんな風に過ごしながらもふと「これでいいのかな」と思うことも多々ありました。

でも何か私が働きかけることで劇的に変化が起きるわけはなく。

私は私の生活を送るしかないよなと思っていました。


この一年そんな風に過ごしてきました。


テレビをつければ大変な状態の人々がいるのに、テレビを消すと自分の生活を送っている。

「大変だな、手助けをしたいな」と思わないではないのに、自分の生活とは差がありすぎて、ともすれば自分の生活の忙しさにかまけてしまう。


経験したことが無いから分からないとは言いませんが、経験したことがあるかないかの差と言うのは大きいものだなと


被災地のことを常に考えていろということ自体ちょっとやりすぎで偽善的なのでしょうが。

あまり考え無さ過ぎるのも、薄情と言うか…何というか。と!おもいましたので



(イメージ先行型ですみません)