12月の満月は、27日9時33分です。
今年最後の満月となりました。

12月23日(土)は、経典『バガヴァッド・ギーター』の誕生を祝う吉祥日「ギーター・ジャヤンティー」✴︎でした。
✴︎「ギーター・ジャヤンティー」については最下段の記事を参照してください。

ラストの今月も満月と神聖な祝日と行事が続いています。

クリスマスを迎え、今回は、ルネッサンス時代の万能の天才イニシエート、レオナルド・ダ・ヴィンチについて、秘教の見地を交えてお届けします。

ダ・ヴィンチは、後世に生きる私たちに、非常に多くの重要なメッセージを残しています。

現在では、科学的な技法や21年にもわたる大規模な修復により、西洋絵画に隠された様々な事象のベールが剥がされ、絵画の当時の状態が明らかになっています。
さらには、21世紀に入り、世界の研究者やマニアが、伝統的な美術史家や学者の盲点をついた発想 (これまでの常識的ではない見解) でダ・ヴィンチの絵画に隠された真実を探っています。そして、その結果得られた情報の一部がネット上で公開され、世界中が驚嘆しています。

高位のイニシエート
水星のアヴァター

まず最初に、当時のレオナルド・ダ・ヴィンチは第4段階 (正確には4.4段階) の高位のイニシエートでした。第5段階から覚者ですから、ほぼ覚者レベルです。この第5段階は、惑星における人間の学びが終了 (解脱) し、大悟された完全な存在になる段階です。

また彼は水星から来た人間アヴァターであり、覚者の弟子であったB. クレーム氏は彼の並み外れた光線構造(主光線 4-7-7-4-7 副光線 4-3-4-7) と高度な作品や人格の面のすべてにおいて最高の芸術家と賞賛しています。

第4光線と第7光線の組み合わせは、色彩 (第4光線) と形態 (第7光線) を通して表現されるリアリティ(実相) の美しさを霊的・宇宙的意味において表現することができる、最高の芸術家✴︎を生み出すとされているからです。

第4光線は輝きを授ける光線ですが、画家の場合には、色彩と光の美しさを与え、第4光線の数が多いほど、それに比例して画家は色彩を好み、鑑賞者を感動させるような表現に傾倒するようです。

ダ・ヴィンチの絵画は、色彩があまり鮮やかではないのも第4光線の数の影響によるものだと思います。また、主光線には第4光線よりも第7光線の数が勝り、構造的で設計やデザインのように構成の能力に長けているのも頷けます。

✴︎芸術家に必要不可欠なのが、第四光線の特質である「調和、美、和合」です。また、第七光線の主な特質は「儀式または儀式的秩序」で、規律や秩序、リズムを特徴とする構造的な光線ですが、この2つのコンビは最高の芸術家をつくる上で重要な条件です。
この芸術家の持つ2つの光線についてご興味のある方は、同ブログ2023/2月、3月の記事【七種の光線 芸術家の第四光線 1 、2   宇宙と音楽と数学 神の大計画 満月】をご覧くださいい

人格に関しては、すでにイニシエーションで諸体を統御、克服しており、無執着でありながら、宇宙の摂理と人類の発展に貢献したことが大きいのではないでしょうか。

作品の多くが未完成であったり、パトロンに注文を取下げられたりと、一見ルーズで気まぐれなアーティストに思われがちですが、作品の数が異常に少ないのは、作品は自分のある考えを伝えるためであったり、創作が多岐に及び、その時代の職業の枠に収まりきらない彼の天分上 (才能、感性、創造力…)、結果的にそのようになったのではないかとも考えられます。

アヴァターという特異な存在と、当時の常識を超越した発明と哲学者としての側面は、覚者レベルというところからすれば十分うなずけると思います。

ダ・ヴィンチは、現在、仏陀と同じ第8段階のイニシエートでシリウスにいらっしゃるということですが (第7段階で、太陽系の法則を行使し、太陽ロゴス[神]の力が流れるようになると言われるさらに上位) 優れた芸術家は皆、シリウスで急速な進化を遂げに行かれるようです。(注: 芸術家ばかりでなく、仏陀もシリウスへ行かれています。第5イニシエーション通過後に選択する「7つの道」の中に「シリウスに行く」という選択肢があります。)

そのようなほぼ覚者レベルの人間アヴァターであったダ・ヴィンチが生存していたルネッサンスの変革期に、ある使命や目的を持って、この惑星にやって来た(魂が契約をして転生した)ということが読み取れます。

宇宙のアヴァターは、人類の進化を促すためにやって来られます。これは、霊的教師のアヴァターと同じです。
ダ・ヴィンチの場合は、発明や芸術を通じて様々な分野を刺激し、文化や文明の発展に寄与し、その礎を築きました。現代に入り、彼の作品は教育の普及とともに、主に芸術の分野で取り上げられ、有名な「モナリザ」をはじめ「最後の晩餐」と、全世界に広く知られるようになったのですが、それでも、それらは芸術的な側面に注目が置かれているため、その背後に隠された真のメッセージは謎のままです。

イタリア・ルネッサンスの巨匠、万能の天才

一般的に、その多くが芸術家として評価されるレオナルド・ダ・ヴィンチ (この名称は「ヴィンチ村のレオナルド」の意) ですが、さらに素晴らしい数々の発明と、常に物事の本質と真実を見抜く哲学的な側面、激動の時代に翻弄されることなく、普遍的な世界 (宇宙) を大局的な視野で俯瞰する様子は、高位のイニシエートとしての存在を感じさせるものです。

並外れた芸術性の他、高い知能と未来を予知した想像力、あらゆる学問を研究し(美術、数学、幾何学、科学、化学、物理学、哲学、解剖学、航空力学、工学、天文学、占星学、地質学、建築学、軍事学…etc. )、あらゆる設計に長けていたことから、当時の建築様式から、戦闘兵器に至るまで多くの発明をしました。それらは、膨大な量のメモとして現在も残されています。

ダ・ヴィンチの発明は、500年前に設計されたとは思えないほど革新的で、当時の文明の技術力で具現化することは叶わず、その後、20世紀に入り実用化されているようですが[戦車やヘリ、潜水艦などの軍事輸送機、グライダーやドローン、公共施設の建築、自然環境を考慮した普遍的なアイディア、幾何学と独自のアイディアによって開発した衛生画像のような町の俯瞰地図など]近年、私たちが目にするものが幾つも実用化されています。

筆者は、かなり昔に東京ステーションギャラリーで開催されたダ・ヴィンチの発明品を観ましたが、500年も昔の中世に設計されたとは到底思えない作品の数々でした。特に防護服潜水服は、現代のそれと変わらず、中世のファッションを考えれば、現代のデザインが過去にタイムスリップしたような斬新さでした。⚫︎追加ー当時のポストカード見つけました。↓



さらに、天才と言われる由縁の一つに、弟子入りした画家の師匠ヴェロッキオ (彼の工房はボッティチェリなども輩出) が、ダ・ヴィンチの類稀な才能に脱帽して絵筆を捨てた (専門の彫刻に没頭した) という話があります。僅か10代で、優れた画力ばかりでなく、教育もない状況でありながらも、20代に入り、一目で難しい設計の解決法や斬新な策を提案し、それらが見事に評価されて師匠を驚愕させたというエピソードがありますが、これが覚者レベルなのか…というような驚くべき才知です。

ダ・ヴィンチの予言と警告 その1

1466年、少年ダ・ヴィンチはフィレンツェで川の大氾濫を体験し、水の途方もない破壊力に驚き、自然界の脅威を目の当たりにしてから、自然に畏敬の念を抱くようになったようです。彼の作品の中には、洪水や自然災害のスケッチが幾つも残されています。

そして、その大洪水のスケッチは、生涯手放さなかった3つの作品──名画モナリザ (背景の大小の湖と衣装のヒダは水害を暗示させる)、洗礼者ヨハネ (巻き毛は渦巻く水流を彷彿)、聖アンナと聖母子 (崖っぷちギリギリに描かれている) ──にもさりげなく印象づけられているといわれています。また、この手元に残した3枚は晩年最後まで筆を入れ続けたそうです。

ダ・ヴィンチの存在した中世イタリアは、都市国家であったことから近隣都市との戦争が絶えず、キリスト教で実権を握っていたローマ・カトリックを分断させるプロテスタントの宗教改革が起こり、ルネッサンスへの道のりは不穏な時期を迎えていました。

当時のカトリック教会の権威は、研究や創造に没頭する者は、神聖を穢す危険人物だと見なされていました。

研究熱心なダ・ヴィンチは、日夜様々な研究を行い、特に人体に関する研究に没頭していたのですが、カトリックでは、死後も肉体は存在し続けると考えていたため、人体解剖は「悪」とみなされ、ダ・ヴィンチは用心して極秘に行っていたようです。

当然、好奇心旺盛な天才の様々な研究(の個人的なもの)は秘密裏に行われ、彼の日記は全て、通常の文字を反転させた鏡文字で書かれました。

ダ・ヴィンチは自分の考えを伝えるために、表立って解らないように比喩的に作品に忍ばせています。

そして、河川の氾濫を経験し、都市が破壊されて多くの人々の生命が奪われた少年期の体験だけでなく、未来に起こる終末的な出来事として、大洪水が世界を終わらせるという、数々のリアルな文章とスケッチを残していたのです。

それらは予言とされ、その多くが1490年代に書かれたということですが、新訳の黙示録や旧約のノアの箱舟を連想させる規模だということです。

ダ・ヴィンチは最期までそのヴィジョンに苛まれていたということですから、当時、そのような未来を観たのだと思います。イニシエーションによって、すでに幻惑の界であるアストラル体は克服されているのですから、それが単なる妄想や幻想ではないことは明らかです。

スワミ (シュリ・サティヤ・サイ ババ) は、御講話の中で、人間が地球環境を破壊した結果として「ヨハネの黙示録に登場する四騎手✴︎が、 馬にまたがり、 今まさに来ているのです。」と側近に伝えられたことがありました。しかし、前回の記事でもお伝えしたように、それらはキャンセルされたのです。

✴︎黙示録に登場する四騎手とは、 子羊 (キリスト)が解く封印のうち、 初めの四つが解かれたときに現れる四騎手で、それぞれが、地上の四分の一を支配し、剣、 飢餓、 死、 獣により、 地上の人間の生命を奪う権威が与えられている。

ダ・ヴィンチは、人体を隈なく観察する中で、自然界との共通点に注目し、体内で起きていることは、地球 (自然界) でも起きている✴︎…と関連付け (相互の関係性に気づき)、また、自然界を敬い、自然に敬意を払わなければ、大変なことになると警鐘を促していたのです。それは、神の意志と自らの意志が調和する高位のイニシエートとして、自然界のバランスの法則を直観で知っていたからこその気づきであり、それは現代で提唱されるガイヤ理論✴︎そのものです。

✴︎ガイア理論惑星地球が1つの生きた有機体(1つの大きな生命体)として、生物と環境が互いに影響し合い、地球全体のバランスを保ち、自然環境が密接に相互作用しながら地球環境を調節し、生命を維持しているという考え方

『受胎告知』の大胆さ
〈レオナルド・ダヴィンチとマドンナリリーの無原罪〉

1472-1475年頃  フィレンツェ ウフィツィ美術館 所蔵


大天使ガブリエルは、「最後の審判」でラッパを吹き鳴らし死者を蘇らせるのですが、百合はガブリエルの吹くラッパの形にも似ています。純潔、清浄を意味する白百合は、聖母マリアに捧げる花です。(このマドンナリリーは、バチカン市国の国花でもあります。)

マリアは「無原罪の御宿り」といって処女懐胎とされているために、ガブリエルは、純潔の証としてマリアの前に白百合を携えて登場しますが、当時の宗教画は自由に画家の創意を反映することが許されず、描き方に様々なルールがありました。

この白百合の描き方にも当然ルールがあり、純潔の象徴ですから決して雄しべを描いてはいけないことになっていました。但し、このダ・ヴィンチの『受胎告知』にはタブーの雄しべが描かれています。


ダ・ヴィンチ以前の画家は、神聖な受胎告知のシーンを厳重に塀で囲い、俗世との関係性に区切りを設け、マリアの処女性の純潔を表す閉じられた庭と雄しべのない百合を描くことが宗教画のルールでした。

この『受胎告知』は、なんとダヴィンチがまだ20歳の時の作品です。非常に構造的で緻密に計算されています。この絵も『最後の晩餐』と同様に完全な遠近法で描かれており、この絵の中心は奥に見える中央の山です。この山は、やがて生まれ来るイエス・キリストを表していると言われていますが、やがて来る受難を超越した崇高さを表しているように見えます。

覚者の弟子であったB. クレーム氏は、実際のところマリアは無原罪ではなかったのだと答えています。非常に研究熱心で科学的なダヴィンチは、解剖学にも長けていたことから直観でわかっていたのかもしれません。

彼は、キリスト教ばかりでなく、いかなる宗教にも満足できず、自身を哲学者とした上でキリスト教を偽善だと辛辣に批判していたようです。

ほとんど覚者のレベルですから、透視や霊視は当然のこと、あるがままに見えているので、自然界の法則や魂は宗教によるものではなく、宗教を超えたところに真実があるとわかっていたはずですし、あらゆる嘘やごまかしは通用せず、彼の目には真実だけが浮き彫りにされていたのでしょう。

ダ・ヴィンチの予言  その2
絵画に隠された UFO

当時のルネッサンスで絶大な権力を持っていたキリスト教会の教えに疑問を抱き、典型的な宗教画のルールや慣例とらわれず、自分の意思を自由に表現したダ・ヴィンチですが、『受胎告知』の絵画の左上に不思議な形の雲が描かれています。これは、円盤ではないでしょうか? 

様々な考察から、シリアスに「円盤」だと主張しているサイトやチャンネルがあります。

実際、UFOは奇妙な形の雲や飛行機や星にカモフラージュしていることがあります。私も何度も確信して目にしています。


さらに木立の木の中には、トピアリーのように刈り込まれた串刺しの円盤のような木も描かれています。
私は、この絵を見るたびに、中世には随分と奇妙な形の木が存在しているものだと不思議に思っていました。この不思議な木も見方によっては、ダ・ヴィンチが意図的に「UFO」の存在を知らせているように見えます。

実際のところ、イエスが誕生した時に夜空に輝き、三賢者を導いた星は、実はUFOであったことがクレーム氏から伝えられています。

この他にも、今世紀、過去に不思議な星が幾つも世界中に現れて話題になりましたが、それらもキリスト・マイトレーヤの到来を告げる兆しの星、マイトレーヤとともに働く宇宙の兄弟のUFOとして、一時期沢山の画像や映像が公開されました。

実は、15世紀頃のルネッサンスの宗教画には、他にもUFO (または、らしき物体) が描かれている作品 (他の作家) が幾つかあります。それらは、これまでのところ単なるレンズ型の雲であるとか、月や太陽や流星であると美術史家に解釈されて来ました。

当時の中世時代はキリスト教と天動説はセットの時代です。神の創造物である人間のいるこの地球こそが宇宙の中心であるという考え方が、キリスト教の神聖な権威として力を及ぼしていた時代ですから、異論を唱えれば、異端として厳しい刑罰に処せられてしまう不穏な時代です。宇宙 (そら) を見上げれば、神と天使が存在しているのですから、未確認の生命体が存在していては宗教上都合が悪いのです。

『洗礼者ヨハネ』の謎解き


1513年-1516年 ルーブル美術館所蔵


この絵は、現在物議を醸し出しています。
モナリザもそうですが、この絵画の露出を上げていくと暗闇で見えなかった物が見えて来ます。



アトリビュートと呼ばれる、洗礼者ヨハネを示す持ち物の十字架と衣類の模様が浮かび上がって来ました。

さらに、ダ・ヴィンチの日記の鏡文字のように同じ絵2枚を鏡写しにすると、中央に驚くべき衝撃的な姿が浮かび上がってきます。これはモナリザの絵画も同様です。今回は代表して洗礼者ヨハネをピックアップします。


魂の奥底が揺さぶられるような、吸い込まれるような摩訶不思議で魅惑的な表現ですが、私は以前から、洗礼者ヨハネのこの天を指し示す妖しげで不可解 (不気味) な微笑みを異様に感じていました。


そして、趣味で西洋美術史のチャンネルを観ていたところ、偶然この画像 (〝ヒストリー チャンネル〟) に遭遇し、長年の謎 (洗礼者ヨハネの不思議な微笑みの理由) が解けたように納得しました。


彼は、500年前にこの訪問者に出会っていたし、訪問者の乗り物にも遭遇していたという何よりの証拠です。


また、彼の解剖図の中には、人類のものとは到底思えない資料 (鍵爪のある足や人体ではない骨格ーー人体の頸椎7個に対して13個以上が確認) も残されており、宇宙の生命体の存在を確信していたということなのです。


現在、バチカンは、地球外生命体の存在を認めており、時折メッセージの中で言及されています。
現ローマ教皇フランシスコは、火星人について、彼らは緑色の肌と大きな耳を持っている、と具体的な姿形までも公表されています。

また、度々バチカンの上空でUFOが目撃され、ニュースにも取り上げられているようですが、2005年4月2日の夕方、バチカンの上空でUFO が目撃された後、午後9時に第264代ローマ教皇ヨハネ・パウロが亡くなったという出来事の背後には、地球外生命体とバチカンとの間に何らかの関わりがあることを示唆していると見ていいと思います。

この種類の宇宙人が、太陽系の宇宙の兄弟なのか、または、アストラル界の否定的な存在なのかはわかりませんが、ダ・ヴィンチの進化段階やアヴァターとしての背景を考えれば、既にアストラル体のグラマーを克服しているわけですから、悪い存在ではないように思います。いずれにしても、ダ・ヴィンチは、絵画の中で後世の人々に気づかせる目的で、巧妙にこうしたからくりを使い、忍ばせて予言としてメッセージしていることは明らかです。

太陽系の宇宙の兄弟は、以前、イギリスのクロップ・サークルで麦畑に「GLAY」と呼ばれるアストラル界の存在の姿を描きました。この惑星で邪魔をする存在がいます、ということだと思います。このアストラル界という幻惑の界に関わることについて、覚者は「地雷を踏むようなものだ」と話されています。私たちの知り得ない世界の存在と接触することは危険だと警告されているのです。この界は、いわゆる広大な異次元世界です。私たちにその住人の真偽を問われても、判断のしようがないのです。

宇宙の各々の太陽系全体は、より高度な諸惑星のハイアラキーによって完全にコントロールされていることから、各惑星に存在する「越えられざる輪」を越えて太陽系外から惑星内に侵入することは出来ません。惑星のハイアラキーは、人知れず常に危機から人類を保護しているのです。

現在、地球に入って活動している宇宙の兄弟は2千人存在しているといわれており、地球上には、約4千万もの彼らの基地があり、機体ともにエーテル体で惑星間を行き来し(テレポートやワープ)、この惑星のあらゆる危機的状況を常にサポートしています。

内容を戻しますが、このように、500年前、当時の時代背景から、天才が伝えられなかったことが、21世紀に入ってようやく明るみになり、専門家も否定できない顛末になってきました。

ダ・ヴィンチの絵画は、スフマートと呼ばれる気の遠くなるような重ね塗りが、滑らかな質感を生み出すのが特徴ですが (非常に美しく巧みで独特な表現方法) 芸術的な追求ばかりでなく、時勢柄、直接知られせてはならないような意図や寓意を含ませて伝えるためにこの技法を利用したということも考えられます。

洗礼者ヨハネは人々にこう伝えています。

「ある方が現れ、その最も神聖な力は地上のキリストに象徴され、未知の驚くべきことが起こる」

指差す天には、十字架に象徴されるキリストと、宇宙の存在があると。。。


「ダ・ヴィンチの手記」より


「画家は他人の絵を手本にした時、ろくな絵を描かない。」

「しかし、自然の事物から学ぶならば良い結果を生むだろう。」


「絵画とは、自然を再現する唯一の手段である。」


「あらゆるものは自然から生まれ、絵画も自然から生まれるのだ」


「確かに人間の才能は多くのものを発明してきた。

だが、自然ほど美しく無駄のない発明をすることはできないだろう。」


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「キリスト的意識のこの勝利が、なぜいつも宗教とか教会へ通うこととかオーソドックスな信仰という関連でのみ、語られねばならないのか、 これこそ悪の勢力の信じ難い勝利の一つである。神の御国の市民となることは伝統的教会のいずれかの会員でなければならないことを意味しない。人間の心の裡にある聖なるキリストは人間生活の多様の分野において表現され得る──政治に、芸術に、経済的表現に、真の社会生活に、科学に、宗教に。」

『キリストの再臨』p 80

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アヴァターについて

『キリストの再臨』の中で、DK覚者がアヴァターについて以下のように話されていますが、ダ・ヴィンチが到来した時代背景(戦争や宗教の暗黒期からルネッサンスの開花期)と、卓越した業績と類稀なる才能は、人類の進化のために遣わされたアヴァターの一人であるということが納得できる内容です。

アバターまたはキリストがやって来る理由は二つある── 一つは計りがたい知られざる神の義によるものであり、もう一つは人類の要求または呼び掛けによる。したがって、アバターは一つの霊的事象であり、大いなる変化または復興をもたらし、新しい文明を起こしまたは「古の標識」を復活し、人間を聖なる存在へより近づけるためにやって来る。彼らは、「世界の様相を変え人類の運命に新しい時代を始めるために、時折
現れる途方もなく卓越した人間」であるとして定義されてきた。彼らは危機の蔓延した時期にやって来る。古きもの、望ましくないものに終止符を打ち、大自然に内在する神の進化し続ける生命にとってより適した新しい形態に道を開けるために、彼らはしばしば危機を作り出す。彼らは、悪がはびこる時にやって来る。この理由のためだけでも、今日、アバターは求められている。キリストの再臨に必要な舞台は今整っている。

アバターには様々な段階や種類がある。ある者は、地球全体にとって非常に重要な存在である。彼らは、自己の裡に未来の発展のすべての周期(サイクル)を表わし、新しい時代、新しい文明をもたらす基調を鳴らし教えを与える。 偉大なる真理を宿し、それに向って大衆は努めねばならず、またその時代の最大の知性にとっては未だ実現されざる目標として存在する。p18










毎年恒例のクリスマス🎄の

キリスト・マイトレーヤの祝福は、

12月25日の夜7時からです。

頭頂に注目してください。



兄弟姉妹の皆さんに沢山の祝福がありますように



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愛と感謝をこめて


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