名前をつけるということ | 高峰明日香の明日はどっちだ!

高峰明日香の明日はどっちだ!

お人形劇場。永遠の時を生きる「ジルコニア」の少年少女たちの日常と夢と愛と悩みがドールによる劇場で石神井公園・池袋・新宿を舞台に繰り広げられます。闇深いです。コナン時空です。1/6ドール(ジェニー・リカ・バービー・六分の一男子図鑑等)注意:PG12

あすか(中央)「マクレーン、山本さんちの赤ちゃんに名前つけてあげたんでしょ?人生楽勝の名前?」

久美子(右)「健康に恵まれて誰からも愛される名前?」

マクレーン(左)「いろんな意味はあるがラクな名前なんてねーよ」

 

マクレーン(左)「全般的に災いが少ないが才能にも恵まれない名前とか、美人だけど病弱とか、人望もあり金にも恵まれるが太っている名前とか、その意味には必ず表と裏があるんだ。完璧に問題の無い名前ってのはない。そもそも仏教の世界では姓名判断なんて無意味だ」

あすか(中央)「えー?なんで?災いはない方がいいよねえ」

 

マクレーン(左)「お前何しにこの世に生まれてきたんだよ。生まれるってことは嫌な目や辛い目、苦しい目に遭いに来ることなんだよ。ラクしに来てる奴なんて一人もいねーよ」

あすか(右)「あ、何か腑に落ちた。面倒くさい目に遭うのにも意味があるんだね」

マクレーン「悟るの早っ!」

 

マクレーン(左)「ん、そうだ。だから無病息災なんて言うけど、そういう運にはそれなりの対価を支払わなければならない。そんなこと気にしないで、名前ってのは本当なら親が好きなものをつけていいんだ。皇室の人間だってろくな画数の奴がいねーぞ。親が素敵な名前だと思えばそれがいい名前だ」

久美子(右)「えーっ、そうなの?知らなかったわ」

 

あすか(左)「それぞれに因果はあるけど、仏教的には何の関係もないわけだね」

久美子(右)「でも、じゃあ何でお寺で名前つけるの断らないの?」

 

マクレーン「名前はタダではつけない。マネーが入る」

あすか「あー」

マクレーン「いい画数とは限らない。だが、それだけでで不幸にはならない。本人次第だ。災いってのは名前ではなく本人の心が呼び込むものだ。寺でつける名前はあくまで親の願望を反映したものなんだぜ。それだって本来は必要ないがな」

 

マクレーン(左)「だから、この世でサボって安楽ぬくぬくなんてことはあり得ないんだぜ。そういう人生は、必ず最後にしっぺ返しが来る。もちろん苦しいことがすぐ報われるとは限らないが、得るものは大きい。いつか分かる」

あすか(右)「うーん」

 

あすか(中央)「たとえばなんでも社会的成功を基準にすると苦しいけど、頑張れば実際の成功以上のものが手に入る、ってとこかな?」

マクレーン(左)「言葉では分かってんじゃねーか。実践できるといいな、おそまつさまでした」

 

=============

 

辛い目に遭わない人生ではありませんでしたが、その時の体験や心境が、今の自分を作っています。その自分は歪なところもあり、完璧ではありません。ですが、いろんなことを乗り越えてきた愛しい自分でもあります。自分で自分が嫌いになるのは理想通りの人生を生きていないからですが、理想通りでなくても愛してあげましょう。どんな状態でも精一杯生きたのです。「仏教の世界では姓名判断は意味が無い」ということはレイちゃんとユウト01さんにお伺いしました。ユウトさんありがとうございました。私は仏教に帰依していませんが、ラクになろう、災いを避けようとすればするほどラクではなくなるので、何となく腑に落ちました。

 

髙市明日香にペンネームを変えたばかりですが、検索していて同姓同名の方を発見してしまい、紛らわしいので髙永明日香に戻します。コロコロ変わってスミマセンでした。あすかっちは高峰明日香のままです。