あすか「中世ヨーロッパは戦う人、祈る人、働く人と3つの身分に分かれていた。ふたりともこの時代がどういう時代だったか知ってる?」
アンバー(左)「魔女狩り!」
クリスタル(右)「騎士とお姫様!」
あすか「……まあ、そんなもんだろうね。今日は魔女狩り以前のお話をしよう。ちょっと地味だけど、テストに出るところやるからメモ取って」
あすか「言うまでもなく、のちに魔女狩りをしたキリスト教は5世紀頃ヨーロッパに伝わっていたけど、11世紀頃までは教会は王侯貴族の所有物で、本来のキリスト教精神が人々の間に浸透していたわけじゃなかったんだ。だからこの頃は、キリスト教会の役職は皇帝や諸侯が決めてた。そのために賄賂を贈る聖職者もいて腐敗していた。で、この習慣に異を唱えたのが当時の教皇グレゴリウス7世で、神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世と対立したんだ」
アンバー「へー。当時の教皇様は力がなかったのね」
あすか「うん。でも、この11世紀には教会の人間やハインリヒと仲の悪い諸侯もグレゴリウスの味方についたから、立場が強くなったのさ。このことは『聖職叙任権争議』または『叙任権闘争』といって、テストに出るから覚えておいて」
あすか「そして、グレゴリウスはとうとうハインリヒを教会から破門してしまったんだ。破門されれば死んだら地獄行き決定、生きてる間も教会の敵だから悪魔扱いということで、諸侯達はハインリヒを皇帝の座から降ろそうとした。ハインリヒは教会に詫びを入れるしかなかった。1077年1月25日に、かれは冬のアルプスを越え、グレゴリウスのいるカノッサの城の門の前で雪が降りしきる中3日3晩、武器を捨て、裸足で立ち続けた」
アンバー「それは神父様が前に教えてくださったような気がするわ」
クリスタル「ドラマチックよねー」
あすか「3日目の朝、城門は開き、ハインリヒは中へ迎え入れられ、グレゴリウスは疲れ切ったハインリヒを抱きかかえた。この時、皇帝は教皇の前に敗北し、破門は取り消された。これを『カノッサの屈辱』という。これもテストに出るよー」
双子「これも神父様に教えていただいたわ」
あすか「これでめでたしめでたしだと思うだろ?ここから先はちょいと違うんだ。実は皇帝は破門を取り消してもらうために謝罪したのであって、心まで教皇に屈したわけではなかった。春になったら皇帝は軍を率いてローマに攻め込み、脱出したグレゴリウスは南イタリアで亡くなってしまう。叙任権闘争はその後も続いたけれど、12世紀に聖職者の重要ポストは教皇が決めるってことで決着がついた。グレゴリウス7世のまいた種はちゃんと芽を出し育って実を結んだのさ。その頃にキリスト教は国家に根付き、民衆の間に浸透していった、そういう話」
アンバー(左)「やだー、神父様はあんなに皇帝は教皇に跪いたって仰ってたのに」
クリスタル(右)「間違ってなかったのに、報われたのが死後だなんて」
あすか「『カノッサの屈辱』の一件は、その後ローマ教皇庁のプロパガンダに使われまくったからねえ。間違ってたか間違ってなかったかは、誰にも分からない。立場や時期によって正義は変わるのさ。16世紀にはプロテスタントの人たちは教皇を悪者にしていたよ。ローマ=カトリック教会じゃ教えないこともあるさ。今日の講義はこれでおしまい。これからはおやつの時間」
(チャイムが鳴る)
あすか「あれ?キワナちゃん、こんばんは」
キワナ「ここで授業つきの学童保育やってるって本当?」
あすか「今日の講義は終わったよ。お茶でも飲んでいく?」
キワナ「パパからここで医療従事者の子どもを預かってるって聞いたから、うちの教会でも学童保育やることにしたよ、正しい歴史も教えてあげられるよ、どう?」
あすか「そういえばきみのお父さんはプロテスタントの牧師だったね。せっかくのお誘いだけど、今のところ、私はどこにも属する気はないんだ、ごめんね」
キワナ「あなたたち、うちの教会の学童保育に来れば、ここにお金を払わずに、もっとたくさんのお友達と正しい授業を楽しめるんだよ、どう?」
双子「あたしたちはここでいいの」
キワナ「お仕込みがよいようだね、フッ、お金かかるのにどうしてここがいいのかなっ」
アンバー「あたし達、今、ここから学校通って、ここに帰ってきてるの」
キワナ「はあ?」
あすか(右)「キワナちゃん帰っちゃった。……そんなの、無料にしたら三密になって危ないからに決まってんじゃん」
クリスタル(左)「そうだね」
あすか「向こうにとっちゃ『石神井公園の屈辱』ってとこかな」
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14コマと長い上、地味なお話にお付き合いくださいましてありがとうございました。
「正しい」なんて相対的なものです。「正しい」を誰かに押しつけられたくないあすかっち達でした。
現代ヨーロッパでは、「強制されて屈服、謝罪すること」を「カノッサの屈辱だ」と言ったりします。
アンバーとクリスタルの保護者であるエヴァンズさんは看護師さんです。エヴァンズさんの本当の子どもであるマナとカナは進学し、日本を離れています。ウィルス流行が落ち着いたら、エヴァンズさんはアンバーとクリスタルを養子に迎えようと考えています。だから、それまでふたりをあすかっちの家に預けたのでした。
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