マクレーン&シェフ「仏像喫茶へようこそ~」
あすか「うわー、このかんじ久しぶりだ~!懐かしい。やっと営業再開したね~」
久美子「マクレーンこの休みの間、やっぱりお山で修行してたの?」
マクレーン「ほぼ本業を務めてたな。それから、一度悟りを開いた者はもう厳しい修行やっちゃいけないことになってるんだよ」
久美子「え?」
マクレーン「若造で山伏の修行中だった頃は文字通り冬山に籠もり雪の上で座禅し氷の中で滝行し、山を走り回る、修行のための修行じゃねーかっつーほどキツいのやるけどな、いったん成就したら荒行はそこで終わりなんだぜ」
あすか「へー。なんで?」
マクレーン「肉体を痛めつける修行が終わったら、今度は心の修行が待ってんだよ。悩み多き衆生のよりどころとなり幸福へ導くには柔和な心でないとできねぇからよ。これがまた難しいんだ」
あすか「そういうもんなんだね。難しい?」
マクレーン「僧侶ってのは偉くなって傲慢になっちゃアウトなんだよ。傲慢は一番の心の汚れだ。オレはこんなに厳しい修行したんだぞって傲慢な気持ちにならないよう、それ以上やんねーの。坊さんだから尊敬されて当然とかそういうのはダメなんだよ。人の言葉をよく聞き、人の手伝いするようにならないとな。誰も叱ってくれなくなると自分でも気づかないうちにわがままや傲慢な心を起こすもんだから、自分との戦いになるんだ。仏像喫茶やって対価得て食事を提供するのも修行のうちだぜ」
あすか「うわー、謙虚!マクレーンがすごくまともなこと言ってる!お坊さんらしい~」
マクレーン「僧侶に限らず誰にでも当てはまることなんだがな。人の上に立つ者なんてみんなそうだ」
久美子「あたし、カレーライス食べたかったわけじゃないんだけどね」
あすか(左)「つまり、メニュー、何が出てくるか分からないのも客の修行のうちってことだね」
久美子(右)「これもあたしには荒行だわ」
あすか「ここのは美味しいよ」
マクレーン(左)「ま、厳しい修行をくぐりぬけたおれが、お前の大好きな奈良のたこ焼き屋へわざわざバイクで出掛けていってこのネオ江古田のお前んちまでたこ焼き届けてやってるというのもこの謙虚な心からだからな。」
シェフ(右)「オーナー、それ自分から言っちゃ謙虚じゃないですよ」
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このエピソード書くにあたり、レイちゃんとユウト01さんに大変お世話になりました。マクレーンの人物像に深みが必要だったので、こういったことを勉強された方でないとマクレーンの心の中まではなかなかたどり着けないんですよね。私が自分で作った登場人物のことでも仏教の知識が乏しいと分からないことってあるんです。
それでお手間をおかけしてしまいました。ユウトさん、ありがとうございました。wikiだけではマクレーンが考えてること分かりませんでしたんで。
マクレーンは真言密教系の山伏、修験道ということも推測していただきました。まだまだ難しい用語など出てきてさらに新しい謎が生まれてくるんですが、こういった学びを通じて他者とつながれるというのもよいことだなあとしみじみ感謝の心が沸きました。
コレを読んでおられる読者様ありがとうございます。
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